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「ほら、ここ…隈できてるし」
部長の右手が、今度はそろーっと近付いてきて、人差し指がちょん、と目の下に触れる。
アップになった心配そうな部長の顔に、このまま時間が止まったらいいなんてメルヘンな考えが頭を掠めた。
それからまた、昨日の素敵な女性の姿を思い出してなんだか虚しくなった。
「あ…大丈夫、ですから」
思わずふい、と顔を背ける。
これ以上、至近距離で部長の顔なんて見ていられない。
どきどき半分、気まずさ半分。私の情緒はまだ、不安定だ。
私の思いなんて知る由もない部長は「無理すんなよ…?」と怪訝そうな声色を残して、自分のデスクへと向かっていった。
そんな部長の背中をつい目で追いながら、もし本当に部長が結婚したらどうしよう、なんて考える。
…どうしようも何も、一方的に失恋したからなんて理由で仕事を辞めるわけにもいかない訳で。
きっと私は毎日、少しずつ傷つきながらここで部長のために働くんだろうな。うん、きっとそうだ。
もんもんとそんなくだらないことを考えながら目の前の仕事を片付けていたら、いつの間にか昼休みになっていた。
「もうこんな時間…」
そう呟くと、隣の席で砂本さんが
「九条さん、今日の集中力、すごいですね」
なんて笑っていた。
集中力があるというよりは、溜まっていたデータの入力作業だとか、頭を使わない単純な作業ばかりをこなしているだけだ、ということは言わないでおいた。
「お先です」
と砂本さんに声を掛けて、食堂に向かう。
ランチの食券を買って列に並ぶと、後ろに総務のお姉さま方がわいわいとやって来た。
「ほらやっぱり、そうなってくると次期社長は堅い」
「え〜、でも、滝沢専務の方が気に入られてるじゃない?」
「いや、その専務に信頼されてるんだから強いわよ」
どうして、女の人って噂話ばかりするんだろう。しかもこんな、誰が聞いているとも分からない場所で。
そんな風に思いつつも、知っている名前の登場につい聞き耳を立ててしまう。
「まぁね、社長も可愛い姪っ子差し出すくらいだから、あれは相当気に入ってるわよね」
ん?社長の姪っ子さん?
「お見合いしたって聞いたわよ。私断ると思ってた」
「私も〜」
お見合い?
どこかで聞いたようなそのワードたちに、ざわざわと胸が波立つ。
ねぇ、これって、もしかして。
「お待たせ、Bランチね!」
「あ…どうも」
その先は、やってきたBランチと食堂の元気なおばちゃんの声に遮られて聞けなかった。
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奏風(プロフ) - 初めまして。素敵な作品だったのですね。五関君の作品はあまりないので、見つけて嬉しかったです。お話もとっても素敵で、最後まで一気に読んでしまいました。 (2022年8月3日 12時) (レス) @page5 id: 0c5b809cd3 (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 五関くんに引き続き、橋本くんと戸塚くんのストーリーも気になります。早く読んでみたいです。これからも、A.B.C-Zのストーリーを期待しています。 (2019年11月30日 0時) (レス) id: 5ca5d758c8 (このIDを非表示/違反報告)
ろっか(プロフ) - 妙子の娘さん» お久しぶりです〜!続けて読んでくださっていて嬉しい…!お待たせしてばかりですみません……もうちょっとさくさく書けるように努力します!笑 (2019年11月4日 0時) (レス) id: 2af5960142 (このIDを非表示/違反報告)
ろっか(プロフ) - ふーみんさん» ふーみんさん、ありがとうございます…!なんとお優しい……えびちゃんのお話、もっと増えて欲しいですよねぇ!キュンキュンして頂けるように、頑張ります!! (2019年11月4日 0時) (レス) id: 2af5960142 (このIDを非表示/違反報告)
妙子の娘(プロフ) - お久しぶりです。今回も楽しく読ませて頂きました。早く続気が読みたいです。待ってまーす! (2019年10月30日 22時) (レス) id: 3bfa5bcd50 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ろっか | 作成日時:2019年8月26日 0時