煙に巻かれて【短編集】 (ページ44)

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それっぽい理由が欲しいの sakamoto.s ページ44

( side A

黒いソファーに座りながら、スマホとにらめっこしている姿をバレないように盗み見た
なにみてんの、眉毛が真ん中に寄りすぎ
でもそれさえも愛おしく思えてきて、口元が緩む
良かった、マスクをしているのが普通で

そんな阪本を横目に今日もどうにか、デートに誘えないものかと思案する
同期やし普通にご飯食べに行こうといったらくるものなのか？
でも、サシとか1度もないし…
阪本は趣味ほぼないし、私はほとんどお酒飲めへんし…交わらない2人すぎる
誘う理由がひとつも思い浮かばない

『はぁ……』

「ちょ、人のこと思いっきり見た後にため息つくんやめてくれへん？」

『………え、私？』

「A以外誰がおんねん」

『それはごめん』

真ん前に座っている訳でもないのになぜバレた？
恥ずかしくて顔が赤くなっている気がする
どうかマスクの範囲で収まって欲しい

「なんかあったん？」

そう言って隣、ではなく斜め前に座る阪本がもどかしいけど、そこが好き
絶妙な距離感に心地良さを覚えてしまっては、進まないのはわかっているけど

『いや、大したことでは』

「……俺なんかには言えへん、みたいな顔せんといて」

『してへんわ！』

「そう見えたもん」

なぜこの人はマイナス面で自意識過剰なんだろう
こっちとしてはその過敏さで気づいて欲しい、引っ張りすぎたこの気持ちを

『ねぇ今度飲みに行こ』

「誰と？」

『私とふたり』

「え、A飲めへんやん」

『飲めへんけど…嗜んでみたいやん！』

「ええよ、無理に俺に合わせんで」

『なんで、だめなん？』

「ダメとかじゃなくて、無理やん。前酔った時やばかったやん、また覚えてへんってことなりかねんし…」

渋そうな顔半分、申し訳なさそうな顔半分
今度は眉毛がどんどん下がる

『それっぽい理由が欲しいの』

「……は？」

『阪本を誘える理由が欲しかっただけ、別に酒飲まんでもええし』

「えぇ……？Aは俺とメシ行きたかったってこと？」

『まぁ、そういうこと』

「わ、わかった。ほんなら行くか」

『いく、楽しみ』

驚いた顔半分、笑顔半分
これはほぼ願望みたいなもんやけど
約束ね、と差し出した小指を
ええて、と言いながらも絡めてくれる阪本に安心する

こじつけでもなんでもいい
もう少し長く、2人で、一緒にいてみたい

…