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2006年2月22日、最後に顔を見たのは学校に行く前の「行ってきます」だった。
「ただいま」そう言ってドアを開けたら蘭くんはいなかった。
待てども待てども帰って来ず、朝に交わした何気ないやり取りを最後に蘭くんとの楽しかった日々は呆気なく終わりを迎えた。
もう、あんな思いは二度としたくない。
「私、その…蘭くんがどんな仕事してるのか、詳しいことは全然知らないけど…、」
蘭くんの手をそっと握る。優しく触れてくれる細長い指、大きな掌。
今夜も大好きなその手で誰かの命を奪うのかもしれない。たくさんの血で汚れるのかもしれない。
それでもいい。蘭くんが無事なら何でもいい。
だからちゃんと帰ってきてと、願いを口にした。
絶対に帰ってくると約束してくれた蘭くんが「行ってくる」と背を向ける。
これが最後に見た姿になってほしくなくて、行かないでと喉の奥まで出掛かった我儘を必死に飲み込んだ。
「…A、」
「何…?」
ドアノブに手を掛けた蘭くんがぴたりと動きを止めて私を呼んだ。
いつだって自信に満ち溢れた声で話す蘭くんなのに、呟かれた私の名前には不安の色が見えた気がした。
背を向けていて見えなくても、私には分かる。今の蘭くんはきっと辛そうな顔をしているに違いない、と。
「行きたくねぇな、って。」
「…うん。」
「すぐ帰ってくるから。だから、…キス、させてくれねぇ…?」
こんな声、私は知らない。
ちょっとでも意識を逸らしたら聞き逃してしまいそうなくらい、小さくて弱々しい声で確かにそう言った。
今日の数時間を思い返す。
蘭くんは何度も私に愛してると言ってくれた。何度も頭を撫でてくれた。何度も抱き締めくれた。
だけど一度もキスをしなかった。
意図的に避けていたのか、私が嫌がると思って出来なかったのか、それは分からない。
昔は一々断りを入れることなんてなかったのに。
なんて、そうさせているのは他の誰でもない私のせいだと分かっている。
「…キスの仕方は、蘭くんが教えてくれた。」
「そうだったな。」
「私ね、蘭くんと離れてからの12年間…誰ともキスをしていないんだよ。」
蘭くんの手が頬を撫でたら、次は額を合わせて、小さく私の名前を呼んで、そしたら私はゆっくりと目を閉じるの。
やっぱり覚えてたんだね、私も覚えてたよ。
記憶の中と変わらない柔らかな唇が重なる。その瞬間涙が溢れて、私の頬に添えられた蘭くんの手を静かに濡らした。
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れん(プロフ) - まゆさん» まゆさま、コメントありがとうございます!お褒めの言葉、とても嬉しく思います!「一生幸せ」も読んでくださってありがとうございます☺️全然系統が違うのに一気読みしていただけて嬉しいです!これからも楽しんでいただけるよう頑張ります✨ (3月18日 19時) (レス) @page23 id: 160e1714c7 (このIDを非表示/違反報告)
まゆ - 初コメ失礼致します。お話が面白くメチャクチャ引き込まれてしまい、気づいたら一気に読んでしまいました!あと実は、れん様の他の蘭君のお話しも一気に読ませていただきました!どれも最高に良かったです!!更新頑張ってくださいね。応援しています。 (3月18日 8時) (レス) @page23 id: e4a4033c2e (このIDを非表示/違反報告)
れん(プロフ) - とわさん» とわさま、コメントありがとうございます!沢山の蘭くんの小説の中からこちらを見つけてくださって嬉しい限りです!貴重なお時間を使って読んでいただいている分、面白かったと思ってもらえるようなお話に出来るよう頑張ります☺️ (3月16日 1時) (レス) @page21 id: 160e1714c7 (このIDを非表示/違反報告)
とわ - 蘭くんの小説探してたらみつけたんで読ませていただいてます!めっちゃいいっすね…まじ好きな感じできてて… これからも読ませていただきます!応援してます!頑張ってください! (3月15日 3時) (レス) @page21 id: 8407209a34 (このIDを非表示/違反報告)
れん(プロフ) - kizunaさん» kizunaさま、コメントありがとうございます!こちらのお話にも遊びに来てくださって本当に嬉しいです☺️更新頑張りますので、またお暇な時に読んでいただけたら幸いです…! (2月23日 21時) (レス) id: 160e1714c7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:れん | 作成日時:2024年2月23日 0時