虹色と雲Ｒ (ページ8)

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「もう少し上かと思ってた」

「マジ？俺結構下に見られがちなんだけど」

「でしょうね」

「どっちなの」

「見た目じゃなくて中身の話なんで」

　別に比較相手が他に居るわけじゃない。

　でも、安井さんは
　どこか達観しているように見える。

　いつから芸能人なのかはわからないけど、
　きっと色んな経験をしてきたからなんだろうな。

　本当は年齢くらい、調べようと思えば調べられた。
　誕生日だって身長だって、
　それこそ学生の頃だってわかるかもしれない。

　でも、それは
　目の前のこの人に向き合うには
　誠実じゃない気がしたから。

　芸能人でも何でも、
　私のヴァイオリンを聴きたいと言ってくれたこの人は
　とても特別な人だから。

　ネットに書かれている
　好意的な称賛や悪意的な暴言なんかよりも
　ちゃんと、本人の口から
　聞いたことを受け入れたかった。

「そういえば名前何て言うの？」

「え。今更」

「番号登録しようと思って、知らないなって」

「私自分の名前も教えてない男の人に会いに来たの……？」

「警戒心ゆるゆるだ」

　さっきの自分の言葉に何も言い返せなかった。
　でも、自分の個人情報を伝えてないってことだから
　ノーカンだと思う。
　……年齢とか大体の住所は教えちゃってるけど……。

「俺はね、安井謙太郎。謙ちゃんでいいよ」

「安井さん」

「一番距離のある呼び方じゃん！」

「AA。どうぞお好きに呼んでください」

「じゃあA」

「呼び捨てですか」

「好きに呼んでいいんでしょ？」

「……じゃあ、私も謙太郎くんって呼びますよ」

「いいよ」

「え、いいんですか？」

「うん。どうせだったら敬語も無しでいいよ」

「……じゃあ、何となく、そうする」

「うん」

　何故か嬉しそうに笑うから、
　私は居た堪れなくて
　結露まみれのアイスティーを
　誤魔化すように飲み干した。