狗巻くんを泣かせたい！ (ページ26)

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「あはっ、かぁわいい…♡」

「…高、菜ぁ…！！」

頬を染めながら、軽やかに狗巻の顎を狙って蹴りを繰り出すAと、それを腕で受け止める狗巻。
しかし、Aのどこにそんな力があるのかと疑いたくなるほどにそのひと蹴りは重く、耐えきれなかった狗巻の腕からぼぎっと嫌な音がした。

「まだ、駄目よ。頑張ってね、狗巻くん♡」

言いながら、Aは地面についている軸足を捻り、無理やり勢いを生んで伸ばしたままの右足を回し蹴りの要領で振り払う。

上体を反らして避けた狗巻だったが、崩れた体制をAが見逃すはずもなく、わざと折れた方の腕を捕まえて引き寄せ、重心を崩した。

「すじっ、…こ…！」

ぐっ、と走った痛みを噛み殺すように苦悶の表情を浮かべた狗巻を見て、Aは更に加速する。
掴んだままの腕を肩にかけ、狗巻の体を一本背負いする姿勢に入る。

が、背負い投げの形が完全に決まる前に、狗巻は素早く自由になっているほうの片腕をAの背中について、くるんっとその薄い背中の上で1回転した。

そのまま勢いに乗せて掴まれた腕を振り払って、地面に着地。すぐに数歩飛び退いて距離を取り、だらんと垂れ下がった片腕を支えながら体制を立て直した。

「わぁ、すごい」

「おー、やるじゃん棘」

思わず感嘆の声をもらしたAと、素直に褒めるパンダ。
真希はニヤニヤしながら、「いつまでもやられっぱなしって訳にはいかねーもんなぁ？」と続いた。

「ふふ、じゃあ私ももう少し頑張っちゃお～っと」

　 ◆

「今日も私好みの狗巻くんが素敵…♡」

「狗巻くん、お疲れさま…」

ぜぇはぁ、と息を切らしながら地面に大の字に横たわる狗巻と、その上に馬乗りしながら頬を染めるA。

毎回組手のあとに疲れきった体で上に乗られないよう必死に抵抗する狗巻も、結局その努力虚しくAに組み敷かれて淡い光に包まれる狗巻も、終始楽しそうにしている上機嫌なAも、この一ヶ月でもう見慣れた光景だった。

毎度真希やパンダが血と泥で汚れた狗巻を放置するせいで、タオルとスポーツドリンクを差し出しすのは乙骨の役目になっている。

何故か最初から狗巻の言葉を翻訳できていたAとは違って、乙骨はまだ狗巻の言葉を理解しきれていない。

故に、一対一になると会話に困るが、こうして真希やパンダに代わって疲れた狗巻を労う役割の時だけは、乙骨のほうから自然に話しかけることができた。