あなたがたった一度の恋でした６【水と炎で逆ハー】

其の弐佰伍拾漆 無限列車編５４ ページ7

猗窩座の身に何が起きていたのかは、その場にいる誰にも分からない。

けれど彼の気持ちを変えてくれた何かが、猗窩座の内の中で起きたのだと桜は思った。

人間としての心を取り戻すきっかけが。

そうでなければ、冷酷非情な鬼があんなにも穏やかな笑みを浮かべることなんてできやしない。

桜はいつしか炭治郎が言っていた言葉を思い出した。

『鬼は人間だった』のだと。

猗窩座が死んだ瞬間、彼にとってその魂が報われる出来事があったのだとしたら。

きっと最期は満たされた気持ちだったのだと思う。

桜は猗窩座を見送るように空を見上げた。









上弦の参との戦いが終わる頃には、太陽が少し顔を覗かせていた。

やっと体を休ませることができる、そう思うと一気に脱力感に襲われた。



「みんな無事か？」



杏寿郎が足取り重く戻ってきた。

彼も疲労困憊のようで、すぐに桜の傍に膝をついてしゃがみこんだ。



「煉獄さん、ご無事でなによりです」

「お互い生きているだけで幸運だな」



苦笑まじりに杏寿郎が笑う。

技の乱用で体力も精神も限界だった。

骨も折れているはずだが、内臓だけは無事なのが幸いだ。

それでも無傷とは程遠い姿だった。






「終わった･･･」

「終わったのか･･････」



あの悪夢のような長かった戦いがようやく終わったのだと炭治郎と伊之助の体からも一気に力が抜けた。



「君たちも、よく頑張ったな」



杏寿郎が炭治郎、伊之助と順番に顔を見て労いの言葉をかけると、二人は顔を見合わせて笑った。

あとは黄色い髪の少年と鬼の少女の無事を確かめるだけだ。

とくに鬼の少女、すでに陽光が射しているのでどうなっただろうか。

探しに行きたいがこの体では今すぐには無理だろう。



「煉獄さん。大切な羽織をありがとうございました」

「もう体はいいのか？」

｢･････････」



そう聞かれても桜は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。

自分よりも酷い状態の杏寿郎を前に『いいえ』とも、戦った後の余韻と残っているから『はい』とも答えられなかった。

なにより、やはり拾ノ型の反動がとても大きいようだ。

脳は溶けた鉄が溜まっているようにすごく重いし、体もまるでいくつもの米俵を担いでいるようだった。

可能なら地面に倒れ込んでしまいたいぐらいだが、桜はなんとか気力で体を起こしていた。

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