あなたがたった一度の恋でした６【水と炎で逆ハー】

其の弐佰陸拾参 胡蝶しのぶ９ ページ13

｢冨岡さんにも桜さんがこの屋敷に運ばれたと連絡が入っていると思いますから、そろそろ飛んで来る頃では｣

｢そんな、すぐには………｣



やってこないよ、と桜が言いかけたところで個室の扉が乱暴に開かれた。

ほら来たと言わんばかりに、しのぶがほくそ笑む。

義勇にしては珍しく息が乱れ、普段無表情な顔も眉をひそめて目を見開いていた。



｢思ったより遅かったですね｣



ちゃかすような口調のしのぶの言葉は、今の義勇の耳には入らない。

それだけ義勇は桜の姿しか目に入っていなかった。

義勇の視線に気付いた桜は、ハッとして大慌てで掛け布団で上半身を隠した。

まだ入院着をしっかり着ていなかった。

とは言え突然動くとあばらにも響く。



「急に動くと痛みますよ」



今さら遅いしのぶの忠告に桜の目尻に涙が浮かぶ。

それを見た義勇が桜の傍に寄り、懐から取り出した手拭いで涙や額の汗を拭ってやる。

まるで子供の看病をしているような過保護すぎる義勇の姿に、しのぶは目を丸くして驚いていた。

義勇が継子とは別の感情で桜を見ていたり接しているのは薄々感じていた。

だけど、今まで他人に無関心だった義勇が人目も気にせず献身的な姿を見せるのは初めてかもしれない。

これは彼にとっても良い兆候であるため、しのぶはこのまま二人の関係をあたたかく見守ることにした。



｢では桜さん。私は煉獄さんたちの治療に向かいます。また明日、診察に来ますね｣

｢うん。ありがとう、しのぶちゃん｣

｢いいえ。お大事に。あとはお願いしますね、冨岡さん｣



お願いしますと言われても何をお願いされたのか疑問の残る義勇を置いて、しのぶは部屋を出ていった。

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