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無音だった部屋に、
雨音が広がった。


大ちゃんがふらりと出たベランダから、
雨の匂いがここまで運ばれてくる。


「雨の匂い」


開けっ放しの窓の向こう側、
少し掠れた優しい声が落ちる。


窓閉めなよ、雨入ってくる。

言ってもし嫌われたらと思うと怖くて、
そんなひとことも言えない。

とっくに嫌われててもおかしくないのに、
もしこれが最後の一押しになったら、
と思うと怖いんだ。バカみたいだよな。



「…ペトリコールっていうんだよ」


届くか届かないか分からないくらいの声で、
小さな背中に投げかける。


「ぺと…え?何?もっかい言って?」

「…ペトリコール」

「ぺとりこーる?何それ?」

「雨の匂いのことだよ」


へー、と、ほー、の間のような声を漏らしながら、
ふむふむ頷いてまた外へ向き直る。


あれから俺は、大ちゃんに、
届くか届かないか分からないくらいのスピードでしか
何かを投げることができなくなっていた。



「…この匂いって本当は雨の匂いじゃなくってさ、」


窓に近づけば近づくほど、強くなる雨の匂い。
仄かに混ざる大ちゃんの香水。

裸足にコンクリートは冷たくて、
こどもみたいに温かい大ちゃんに後ろから縋り付く。

大ちゃん、前髪ちょっと濡れちゃってる。



「…いのちゃん、泣いてる」

「………泣いてない」


俺の腕の隙間から伸びた手に頬を拭われた。



「もうどこにも行けなくなっちゃったね、俺ら」


柔らかい声で途方に暮れるようなことを言って笑った。
優しくてバカな大ちゃんは、"俺ら"なんて言う。
八方塞がり、そんなの分かってる。
でもそれは"俺ら"じゃないよ大ちゃん。



「もうここに居るしかないんだよ」


俺の頭の中を見透かしたように続ける言葉に
何も返せない。

ああ、俺はもしかして、と。



「俺を、解放してやんなきゃなんて思わないでね?
 もう行くとこなんてないんだから」


へへ、と笑ってキスをねだる大ちゃんに、
ああ、俺はあの日とんでもないことを言ったんだなと。

バカは俺で、
そんな俺を好きになっちゃったバカな大ちゃん。

が、どうしたって好きな俺。



俺たちの間に甘い時間は無い。
代わりに、緩く繋がれた鎖が。

重く、この仄暗い灰色の曇天のように重く。



fin.

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作者名:ponpoco | 作成日時:2021年3月22日 23時

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