【即興】ノリと勢いで書く短編集 (ページ26)

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即興にじゅうごページ26

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くたり、と背もたれに体を預けて、ひとつ溜息を吐いたかと思うと、
彼は姿勢を正して「それで、」と口を開いた。

「貴女はまだ、だんまりですか。あまり手荒なことはしたくないのですが……
こうも話していただけないとなると、困りますね」

言いながら、忌々しげな視線を真向かいに座る妙齢の女に投げかける。

忌々しげ？――果たして彼は、心から彼女を忌んでいるのであろうか。

いかにも憎々しそうな、その恨みつらみの籠った瞳のずっと奥の方に
何処か、彼女を愛しむ微かな光が、ちろりと煌めくのだ。

煌めき、瞬き、たった数秒のみ姿を現して消えていく光は
時としてはっきりした炎の体を取り、彼の目に宿ることもある。

彼女はそれを何より恐ろしく思っていた。
「質問に答えろ」としきりに急かすこの男が、何らかの情熱を持った眼差しでもって
自分を見下ろすたびに、虫唾が走るのである。

ぎゅ、と口を噤んだままの彼女に

「簡単なことでしょう。
僕は何も、難しいことなんか聞いてないんですから、
貴女は素直に答えてくれたら、それで良いんですよ」

「……貴男に答えることなんか、何もないわ」

「……そんなことは無い筈ですよ」

弁明したいことの一つや二つはあるでしょう。

彼は口元にやわく笑みを湛えた。
ぞっとする。

何も悪いところのない、気味悪さのない、
穏やかな微笑みだったが彼女はそれでも気色悪さを感じたのだ。

「でも、やっぱり無いわ、貴方に話すことなんか」

「あるでしょう。……先日貴女が僕に隠れて逢った男は誰です」

「関係ないじゃない、――」

「貴女と僕は恋仲だというのに関係ない、と？」

男が椅子から立ち上がり、カツカツ歩いてくる。
そして彼女のすぐ傍まで来ると、話しなさい、低く云った。

「彼奴は貴女の何ですか？
よもや、間夫などと云わないでしょうね」

彼女が手錠でもって括られた粗末な椅子が
がたりと揺れて、ギシギシと嫌な音を立てて軋む。

「――私は貴方の恋人じゃない」

「また……。つれないことを云わないで下さいよ」

――自分の恋人も忘れましたか？

にこり。
名前も知らぬその男は、より一層、笑みを深くしたのだった。