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家を出るタイミングから気分は芳しくなく、12時を過ぎたあたりで胃がきりきりと痛み始めた。
悲しいかな、その予想は見事的中した。やはりいつも通りの時間帯に、彼は25番テーブルで虚空を見つめていた。
踵を返したがる足を抑え、そのテーブルの方へと足を進めていく。
『…お客、様』
脳内で何度もシュミレーションをした。彼を視認し、声を掛け、拒絶の意をはっきりと示す。実害と言えば妄言を吐かれ大量の物とお金を押し付けられただけだが、人間の恐怖を掻き立てるにはあまりに欲張りセットである。今ここで意を決しなければ、私の精神が蝕まれてしまうような気がした。
「…！！」
私が声をかけると、彼は首が折れそうな程の勢いでこちらに体を向けてきた。上半身を90ﾟひねり、両手は手前の座席を押している。
『私の望みは、なんでも叶えてくれる…んでしたよね』
「も、もちろんです！！もちろん！」
深く息を吸い、肺に力を込めた。
『なら、もうお店に来ないでください…！』
以前は宥めるような口調だったが、今回は違う。語気を強めて、拒絶の意図を強く伝えた。口に出してしまった後から、嫌な想像ばかりがはやり眼前の彼の顔を見られなかった。
来るなら来い、とカウンターを待つも、予想通りの反発は得られない。顔は俯いたまま視線だけをゆっくり上にやると、驚くほどの満面の笑みが見えた。
「それがお望みなら…！！」
うっとりするようにそう言い放つと、よろけつつも座席から立ち上がり、面食らう私を他所に一目散に店外へと飛び出していった。
何が起きたのか瞬時に理解できず、しかしやがて彼が無事帰宅したのだと分かると、どっと全身の力が抜けた。注文もせずただ居座って帰っただけなのだから、とんだ迷惑客である。本来なら怒るべき状況なのであろう。しかし、彼を追いかけたり注意したりしようという気持ちより遥かに安堵が心の内を満たしていた。
彼は確かに、私の言葉を承諾した。私を女神と呼ぶのなら、その肯定に嘘は無いはずだ。
恐怖を認知してしまわないよう、都合のいいように考えてしまっている節はあったのだと思う。それでも、彼がもう来ないかもしれないという可能性が生まれた。それだけで、私の安らかな勤務時間が確保されたのだった。
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作者名：えん | 作成日時：2024年2月27日 15時
