ロゼッタ２ (ページ31)

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恐る恐る松村さんが近づいてくるのを見る。松村さんは私の前で足を止めると、私と同じ目線まで膝をついたかと思ったら、私の右肩が少しだけ重くなって、あ…この匂い知ってる。松村さんと初めて会った、あの美容室のシャンプーの香りだ。なんて、ふと思い出してしまったのは、
柔らかい松村さんの髪がふわふわと私の視界に入ったから。

「今だけ貸して」

こてん、と松村さんの顔が右肩に乗る。

「あったか」
「…よ、よかったです」
「何それ」

違うんです松村さん。恥ずかしいんです、ちょっと。
そう思って答えた言葉に松村さんが少しだけ笑ってくれる。
いつも何を考えてるか分からないのに、いつも誰かをきちんと見ている優しくて繊細な人。

「女の人が怖い」
「はい」
「そう思うようになったキッカケも思い出したくもないくらい、俺の中では嫌な記憶としてこびり付いて離れない。今も」
「はい」
「…中学の時、うちに家庭教師がいてさ。教えもうまくて優しくて、いい先生だと思ってた」
「はい」
「……けど、違った。夏休みの、やたら蝉の鳴き声がうるさい日。俺は、あの人に」

顔が見えないのに、大きく息を吸う松村さんが泣きそうに感じたのは何故なのか分からない。
どうしたらいいか分からなくて彷徨わせていた右手を、なんとなく、恐る恐る松村さんの背中をよしよしと撫でてみる。
怒られるかな、と思ったけれど、松村さんは何も言わない。
それを肯定と受け取った私は、小さな子供をあやすみたいに松村さんの大きな背中をとんとんと叩く。
いやじゃ、ない。むしろ頼ってもらえてるみたいで嬉しい。なんて言ったら、怒られちゃうかな。
そんなことを思ってしまって、私は例えようのない気持ちが疼いている。