忘れ恋 Ⅱ [黒] (ページ4)

今日:3 hit、昨日:5 hit、合計:31,373 hit

54 ページ4

だとするならば、迷っていられない。
例えこの日常を失ってしまうのだとしても。
Aさん。と呼ぶ彼のいない日々が来るとしても、私の生活が元に戻るだけ。なのに。

「……バカだなぁ、私……」

こんなにもそれが怖いだなんて、結局は認めざるを得ない。
私は彼を好きだということを。

それでも雨は、今日もお弁当を作って見送ってくれる。帰って玄関を開けるとパタパタとスリッパを鳴らして出迎えてくれる。こんなに素敵な繰り返しが日常ならばどんなにいいだろう。このままここにいて。そう言いかけて、口を噤む。

「おかえり」
「ただいま。…お腹空いたなー」

普段言わないことを口にしたのは、きっと私の強がりだ。驚いたみたいに目を丸くした雨と目が合うと、雨は「珍しいね」って笑ってくれた。
その笑顔も久しぶりに見た気がする。…彼は聡い子、だから。

「雨はいつ料理を覚えたの？」

洗い物をする雨の隣で、雨が洗ってくれた食器を受け取り布巾で水気を拭く。

「んー…両親が共働きだったから、初めて料理をしたのは中学生の頃だったかな。料理って言ってもフライパンに油をしいて割った卵を焼いただけだから、あの時の目玉焼きが料理って言えるのかは微妙だけど」
「それも立派な料理だよ。すごいなあ、私目玉焼きすらちゃんと作れる気がしない」
「そういえばAさんが料理してるの見たことないかも…。でもさすがに目玉焼きは作れるでしょ」
「………自信が全くない」
「…ものすごく真剣な顔で言うのやめて」