夜を呑む (ページ8)

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「それよりAさん、俺まだ教えてもらってないんですけど」
「え、レジ締めなら昨日教えなかった？」
「違います。Aさんの連絡先ですよ」
「…いや、別に知らなくても良くない？」
「俺は良くないんで」
「私なんかの連絡先がなくたって、目黒くんはもう女の子の連絡先たくさんあるでしょうよ」
「Aさん、それ偏見。そんなことないですよ」

「携帯見ます？」と、至って真面目な顔で言う目黒くんの真意は分からない。
私みたいなこじらせ女なんかよりもずっといい子が周りにいて彼を放っておかないだろうに、同じ大学の後輩でバイト先も一緒というだけなのに、やたらと私に構ってくる変わった子。

「見ません」
「手強いなぁ」
「目黒くん、あんまり私に構わない方がいいって」
「なんでですか？」
「…目黒くん目当ての女の子が怖いから」

「あそことか」、私の目線の向こうを見た目黒くんは、「ああ」とさして興味がなさそうに呟く。
私たちがちらりと見たテーブル席は、目黒くん目当てで来ているいつもの2人組の女性客がこちらを見ている。あの視線は確実に敵視している目だ。そんなんじゃないのに。

「とにかく離れて。っていうか仕事しようよお互い」
「仕事はします。でも上がったら連絡先教えて下さいね」
「…考えとく」

物好きだな、と思ったけど嬉しそうに目を細める目黒くんを見たらもう何も言えなかった。多分からかってる、絶対に。普通の女の子じゃ物足りないから釣れない女にでも興味がわいたのかな。なんて考えてしまうのはさすがにひねくれてるかもしれないから取りやめて、タイミングよくオーダーのベルが鳴ったから仕事に集中することにした。

『A』

ハッとして目が覚めた。
じわりと背中に汗をかいていて気持ちが悪い。

なんでよりによってあの日のあの時の声を思い出したんだろう。
熱を孕んだ瞳で私を見下ろしながら私の名前を口にした先輩は、多分、あの時からずっと私を縛り付けてる。

体を起こして携帯を見ると、新着メッセージの中に新しく追加された『目黒』の文字。

おはようございます
ちゃんと追加しておいてくださいね

その文字を見て、そんなに私は冷たい人間だと思われているのかと苦笑いを一つして、

おはよう
ちゃんと追加してるから安心して

そう返信をして、大学に行く準備をすることにした。