夜を呑む (ページ1)

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「初めてを好きな人にあげたら後悔するよ」

そうお姉ちゃんに言われた時、私には意味が分からなかった。
好きな人とするなら後悔なんてするはずない。
何言ってるのお姉ちゃん。
そんなことを言った過去の私を今の私は否定できる。

だって私は今、その初めてを好きな人にあげたことを後悔しているのだから。

彼は二つ年の離れた先輩だった。
遊び人として有名で、校内で知らない人はいないくらい有名な人。
左耳の二連フープピアスを揺らしながら先輩の声を聞いたら途端にときめく。キザな台詞も笑っちゃうのにドキドキして、可愛いじゃんって目元を緩ませてくる表情はたまらなくかっこいい。
そんな噂を耳にしたのは高一の夏。

夏休み中の部活で楽器ケースを手に練習場所を探していた時、人気のない部屋をようやく見つける。
理科準備室、と書かれた部屋の扉には鍵がかかっておらず、中を覗くと人の気配はない。
屋上以外ならどこでもいいって講師の先生も言ってたし、ここを練習場所にしてもいいだろう。誰もいないし。

理科準備室には持ち出し禁止の薬品や備品が入っている棚がある。そこには当然持ち出し禁止の貼り紙と厳重に掛けられている鍵。開ける気もないから一瞥して、少し古びたソファーに腰を下ろして、楽器ケースを開ける。
私が担当している楽器はクラリネット。
マウスピース、上菅、下菅に分かれた部品を組み立ててリガチャーのネジをしめて湿らせたリードを調節。リードは上すぎても下すぎてもダメだから、ちゃんと正しい位置に付けなくちゃいけない。最初は付けるのにてこずったなあ。
初めてクラリネットを触った中学時代のことを思い出しながら楽器を眺めていたら、

「へえ、そうやって組み立ててんだ」

って声がして慌てて振り返る。でもそこには誰もいなくて気のせいかと思ってたけど、「こっちこっち」と白い手が目の前の机の下から伸びてきて正直人体模型かと思ってしまう。