仄暗い空なんかに頼らない _fkr ページ7
「あれ、Aさん」
わたし1人になってしまった執務室を覗いて、彼はそう声をかけてきた。それだけで心臓がうるさくなる。
「わ、福良さん、こんばんは」
傘を忘れるなんてツイてないとため息をこぼしていたけど、むしろラッキーだったのかもしれない。福良さんとふたりになれるなんて、そうそうない。
「こんな時間までどうしたの、なにかあった?」
「傘忘れちゃって帰れなくって」
ほら、遣らずの雨とかよく言うじゃないか。福良さんと雨が止むのをふたりきりで待って、たくさん話して親密になんてなれたら。
「あ、雨止んだよ」
そんな淡い期待はぴしゃりと絶たれた。
彼に話しかけられて舞い上がっていたけれどよくよく考えてみれば、福良さんが用もないのに執務室を覗きに来たのは戸締まりのため、すなわちもう帰るためだろう。
「……ほんとですか、じゃあそろそろ帰りますね」
思わず声のトーンが下がる。雨が止むのを待ちながら仕事を片付けていたわたしにとっては嬉しいニュースのはずなのに。
「もう暗いし送っていこうか?」
傘を忘れて下がって、福良さんが来て上がって、雨が止んだと聞いて下がって、そして、もう一度上がる。
「……え、」
驚きと喜びでなんて答えればいいかわからなかった。控えめの方が可愛いかな、いやでもこのチャンスを逃せば、もうこんな機会ないかもしれない。
「遠慮しなくていいから、ね」
「……それなら、駅までお願いします」
「10分待ってて」
執務室を去る彼の優しい背中に返事をして、わたしも帰り支度を整える。心臓が高鳴っているのを感じる。
ふたり並んで夜道を歩く。
紫陽花に張った蜘蛛の巣が、宝石みたいに煌めいている。これこそ、先程まで雨が降っていた証拠だ。
「雨止んでよかったね」
そう笑う彼は、わたしの想いに気付いていない。
ほら、止まない雨はないとか、雨が上がった後には虹が出るだとか、雨降って地固まるとかよく言うでしょ。
正直、雨は止まなくていいし、わたしは虹を見るより雨音を聴きながらふたりで話したいし、雨が降らないと固まらないような地面なら歪んだままでいい。
まあ、彼が笑ってくれるなら、なんだっていいか。
「ほんと、よかったです」
天候すらも味方してくれない恋だけど、天候なんてころころ変わるような味方が居なくたって、わたしはわたしの力で彼を掴むから。
いまに見てろよ、曇天。
『仄暗い空なんかに頼らない』end
ワードパレット〈トリクル・トリクル〉より
貴方の名前は貴方の特別 _kwkm→←愛を贈るからこっち見て _sgi
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ぶっく。(プロフ) - 萊さん» コメントありがとうございます!遅くなってしまうかもしれませんが、第5弾にて書きます!! (2020年12月31日 20時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
萊 - できたら「恋煩いは不治の病」のしあわせ曲線歪ませての続きをお願いします。 (2020年12月21日 21時) (レス) id: 192c096d22 (このIDを非表示/違反報告)
萊 - リクエストでtmrさんをお願いします。これからも頑張ってください。 (2020年12月21日 21時) (レス) id: 192c096d22 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» うわーー!確かにちょっぴり焼木杭みありますね!!何度も読んでいただけるのは本当に本当に嬉しいです!長編も頑張ります!! (2020年12月4日 22時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 焼木杭のほうの続きが気になるときに、いつもこの「今夜はふたり祝い酒」を読みに来ます。『そのつもりなの俺は』 がすごく可愛くて好きです。 (2020年11月26日 17時) (レス) id: 4ee84c0e12 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年6月7日 4時