太陽に照らされ流され惑わされ ページ40
「そっか、遅れてごめんね。おめでとう」
「……えへへ、ありがとうございます」
あ、愛しさが他の感情を一気に追い抜いた。
「あ、河村さんもおめでとうございます」
「まあAのとは意味合いがすこし違うけど」
「何かが生まれた日はいつだって大切ですよ」
冷静に、でも暖かくって、ふんわり柔らかい。
「何かが生まれたってことは、誰かが生んだってことなので」
生むのは容易いことじゃないから、と彼女は付け加えた。僕には、どんな意味が込められた発言なのか汲み取りきれる自信が無い。だからこそ、僕はAに夢中なんだ。
憧れ、羨望、恋慕、ほんのすこしの絶望。それらをぐちゃっと煮詰めて、仕上げにブラックペッパーでも振れば僕の想いと似た味に仕上がるだろう。
「そんなの毎日じゃん」
「毎日が大切って話です」
「なるほどね」
駅のホームについて、会話は途切れた。沈黙だからと言って居心地は悪くないけれど、せっかくならなにか話したい。彼女は寒そうに指を組み替え続けている。
「……あ、そうだ、遅れたけど今度なにかあげるよ」
「え、いいんですか!?」
お菓子とかが無難に喜んでもらえるだろうか。次にオフィスに顔を出せる日はいつかわからないけれど、その日までに重すぎず軽すぎず距離感を違えないように、考えておかないと。
「あ!リクエストいいですか?」
異様なほど目を輝かせた彼女を、警戒くらいしておくべきだった。いくら可愛らしく思ったって、いくらなんでもしてあげたくなったって。
彼女に頼まれれば、なんでもしてしまうんだから。
「わたし、河村さんの手料理が食べたいです!」
無謀でも、強引でも、なにもわからなくても。
せっかくこちらに伸ばされた手を、もたれかかった半身をこちらから振り切るなんてこと、できないんだ。そりゃあ太陽には誰だって逆らえない、そんなの当たり前のことだ。
「……今度までに練習しておくから」
好きなもの教えて、と続けるつもりだった。精一杯の妥協で、精一杯の逆らいだった。同じことをするとなっても、心構えがあるとないとでは過程も結果も大いに変わる。
「今度なんて待てません!」
でも、それすらあっさりと阻まれる。
「……あ、もちろん、先約があるのなら」
「それはないけど」
どれだけ反抗したってどうせ1時間後には僕の家にいるんだろうな、当然のように笑顔を振り撒く彼女と苦笑いを浮かべながら喜ぶ僕が。それがまったく嫌じゃないのが一番大きな問題なのだ。
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ぶっく。(プロフ) - 萊さん» コメントありがとうございます!遅くなってしまうかもしれませんが、第5弾にて書きます!! (2020年12月31日 20時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
萊 - できたら「恋煩いは不治の病」のしあわせ曲線歪ませての続きをお願いします。 (2020年12月21日 21時) (レス) id: 192c096d22 (このIDを非表示/違反報告)
萊 - リクエストでtmrさんをお願いします。これからも頑張ってください。 (2020年12月21日 21時) (レス) id: 192c096d22 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» うわーー!確かにちょっぴり焼木杭みありますね!!何度も読んでいただけるのは本当に本当に嬉しいです!長編も頑張ります!! (2020年12月4日 22時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 焼木杭のほうの続きが気になるときに、いつもこの「今夜はふたり祝い酒」を読みに来ます。『そのつもりなの俺は』 がすごく可愛くて好きです。 (2020年11月26日 17時) (レス) id: 4ee84c0e12 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年6月7日 4時