【QlK】灼熱でも朽ちない愛を【短編集】

福と平和を天秤にかけて _fkr ページ29

※モブ彼氏がいます


なぜかすっきり目が覚めて、時刻を確認する。今日はひとつめのアラームより先に目を覚ますことができたみたい。この後に鳴る予定だったものを止めて、伸びをする。

隣でいびきをかいて気持ちよさそうに眠る彼氏を見て、頬が緩んだ。うん、平和だ。いつも通り。


「……おはよぉ」

朝ごはんをつくっていると、眠たそうに目を擦った彼が起きてきた。ふわあ、とあくびをしたのがわたしにもうつる。

「Aちゃんってフレンチトースト好きだよね」

そう言われて息が詰まった。わたしはフレンチトーストが特別好きなわけじゃない。それなのに、無意識に作ってしまうんだ。

いま、気付いた。気付きたくなかった。理由なんて考えなくたってわかるから。

「……確かに、野菜とかも摂った方がいいよね」

すこし声が震えた。きっとバレてない。フライパンの上でバターの溶ける心地よい音が鳴っているから、その音を上手く拾ってくれただろう。

「いや、俺はAちゃんが作るフレンチトースト好きだから別にいいよ。実家のよりも美味いし」

フレンチトーストを無意識に作ってしまうのも、上手く作れるようになったのも、野菜が好きじゃないあの人のために、よく作ったから。

「……あれ、今日何日だっけ？」
「んーっと、7日」

「じゃあこれ食べなきゃだね」

彼は冷蔵庫から割引シールが貼られたカップヨーグルトを取り出してそう言った。賞味期限8月7日、と記されたフタが目に入る。

「……もうちょっとでできるから、待っててね」

8月7日、という字面を見て思い出しそうになる人物をかき消すためにフライパンの方を向く。フレンチトーストを見てまた目尻の下がった笑顔が頭に浮かんだけれど、気付かないふりをした。


でも、かき消そうとするほど、気付かないふりをしようとするほど、わたしの頭の中は、拳でいっぱいになっていく。


拳は食事をするときにスマホをいじったりしないのに。拳は食べ終わった後に食器を洗ってくれるのに。拳はもっと、拳は、もっと、

そこまで考えて、ため息が漏れる。

……お誕生日おめでとう、くらい送ってもいいかな。未練とかじゃない。想いを乗せた言葉じゃない。ありがと、って絵文字も感嘆符もなく、冷たく返してくれればそれでいいから。それが、いいから。

お願い、彼を隣で祝う女の子がいて。わたしを鬱陶しい元カノだとブロックして。


そうしないと、平和を、いつも通りを、守れない。



『福と平和を天秤にかけて』end

惚れた弱みを手元に咲かす _izw→←邪な思いでレビュー星5つ _sgi

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