憎い苗字に連なる名前 _ymmt ページ16
貴方を、ようやく名前で呼べるようになった。
「あ、Aさん」
ずっとこうやって呼びたかった。名前で呼び合って、くだらないことで笑い合うようなそんな関係になりたかった。
仕事中にふと顔を上げたときに目が合って、ときめくのが僕ばっかりじゃないといいなと願っていたんだ。
「山本さん?どうかしました?」
君は僕のことを名前でなんて呼んでくれない。むしろこの先、Aさんが僕のことを下の名前で呼ぶ日が来る可能性はぐんとゼロに近くなった。
「これ、前に教える約束してたからさ」
いつしたかもわからない約束を今更引っ張り出してまで君との会話を長引かせたいくらいには、想っているのに。
自分でも中学生みたいだなと思う。好きな子に構ってもらいたくて、わざと突飛なことをする狡猾な生徒のようだ。それだけ僕の想いは淡く尊く儚いということだろう。
「あ!この間航平に教えてもらったんですよ」
でもそんな僕の純真さえ、Aさんに惚れた彼と、彼に惚れたAさんが容赦なく潰しにかかるんだ。
「そうしたら山本さんが言ってたことの意味がわかって……」
僕は、君の中でいつまでも山本さん。オフィスだけで顔を合わせる、ただの職場の先輩に過ぎない。それはもちろん、一生変わらない事実で、辛い現実だ。
「そっかあ、わからないことあったら聞いてね」
伝えることすら許されなくなったのに、まだ好きなんて。人のものになるまで、傷つかないふりを重ねていたツケが回ってきたのだ。
「お疲れ様です」
「ああ、こうちゃん、遅かったね」
貴方を、ようやく名前で呼べるようになった。
同じ指に同じデザインの指輪を光らせる渡辺さんが、職場にふたりもいたらややこしいからね。……尤も、彼のことを渡辺と呼ぶ人はこのオフィスでは少ないのだが、それでも。
渡辺Aという響きを、心の底から拒んでいるのだ。
まだ、僕の中で君は出会った頃のAAのままで、いてほしいのだ。どうしようもなく恋焦がれていた頃の、君のままで。僕の頭の中でだけでいいから、もうすこしだけ。
「ようやく呼べるようになったのになあ」
僕だって、こんなつもりじゃなかったんだ。Aの上に山本を連ねるつもりがこんな意気地無しの僕にも、あったんだ。
「……っA」
僕の声は、こうちゃんが来てすこし騒がしくなったオフィスにすっと消えていった。
もちろん、彼女が僕を呼び返すことはなかった。一生。
『憎い苗字に連なる名前』end
散らかった想いに愛を実らせて _fkr→←涙拭って愛巡らせて _izw
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ぶっく。(プロフ) - 萊さん» コメントありがとうございます!遅くなってしまうかもしれませんが、第5弾にて書きます!! (2020年12月31日 20時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
萊 - できたら「恋煩いは不治の病」のしあわせ曲線歪ませての続きをお願いします。 (2020年12月21日 21時) (レス) id: 192c096d22 (このIDを非表示/違反報告)
萊 - リクエストでtmrさんをお願いします。これからも頑張ってください。 (2020年12月21日 21時) (レス) id: 192c096d22 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» うわーー!確かにちょっぴり焼木杭みありますね!!何度も読んでいただけるのは本当に本当に嬉しいです!長編も頑張ります!! (2020年12月4日 22時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 焼木杭のほうの続きが気になるときに、いつもこの「今夜はふたり祝い酒」を読みに来ます。『そのつもりなの俺は』 がすごく可愛くて好きです。 (2020年11月26日 17時) (レス) id: 4ee84c0e12 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年6月7日 4時