当たって砕ける、そんな勇気を ページ45
火曜日、Aさんの家を出て、こうちゃんにお世話になり始めて一週間。そろそろ、先を見据えた決断をしなければならない。
このまま彼の家にいても解決にならないし、彼女の家には僕のものが残っている。戻る勇気がないのなら隙を見て運び出さないと、とは思っているのだが、……それをしてしまえば、本当に終わってしまうのがわかりきっているから。
戻る勇気も、終わらせる勇気もない僕は、どうすればいい？
「……どこ行くつもりなの」
思い悩む僕は、電車に揺られていた。カラオケなんてどこにだってあるのに、わざわざ。
「ああ、予約したんです。ほら、混んでたら嫌だから」
平日の昼間に、入れないほど混んでいて困る、なんてことはそうそうないと思ったが、彼の気遣いだろう。そっか、と適当に相槌を打って短く感謝を伝えた。
また、僕の頭を支配するのはAさんのこと。
彼もそれをわかっているらしく、変に聞いてくることは無かった。まあ、ここ数日の僕はずっとこんな調子だから流石に慣れたんだろう。
なんで、好きになっちゃったんだろう。
最初は一度泊めてくれただけで舞い上がっていたのに、それは幸せな日常になって、想いはこんなに膨れ上がった。
キラキラしている、なんて言われて喜ぶどころか、普段の僕の評価まで求めて。あのあたりから、彼女はすこしよそよそしくなったんだ。
こうちゃんは嫌われてないって聞いたみたいだけど、やっぱりそうは思えない。想いを届けることすら許されないような、妙な距離感になってしまったんだ。
「……山本さん」
予約を入れたというカラオケがあるビルを前に、真面目な顔つきで僕のことを呼んだ。
「俺のこと、恨まないでね」
「どうしたの急に、恨むなんて」
何を言っているか、わからなかった。
「それと、」
でも、適当を言っているわけじゃないってわかった。
「当たって砕けるのも、たまにはいいと思います」
得意げに笑ってエレベーターへ乗り込んだ。
そして、目的の5階に着いてエレベーターが開いた途端に、彼が何を言おうとしていたのかわかった。
受け付けにいるAさんと、目が合う。
「え」
戻る勇気も、終わらせる勇気もない。けれど、どちらの勇気も要らない。元に戻らなくていいし、終わらせるなんて望んでない。
この先を進む勇気が、踏ん張って前を向く勇気がほんの少しでも持てれば、それでいい。
「Aさん、何時にあがるの？」
当たって砕けるのも、たまにはいいんでしょ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 596人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぶっく。(プロフ) - ゆうかさん» 初めまして、コメントありがとうございます！そうやって楽しんでいただけるとすごく嬉しいです…！短編集にて時々書きますのでそちらからぜひお願いします！！ (2020年6月11日 18時) (
レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
ゆうか(プロフ) - 初めまして！！！最後まで楽しく読ませて頂きました！！この2人早く付き合えやｯｯと、ややkoちゃん目線気味で見てましたww素敵な作品をありがとうございました！2人のスピンオフ楽しみにしています！ (2020年6月9日 17時) (レス) id: 41b5f36188 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ななおかさん» ななおかさん、ありがとうございます。出会えて幸せ…そう言って頂けて本当に嬉しいです！これからも頑張りますのでよろしくお願いします！ (2020年5月7日 21時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
ななおか(プロフ) - 完結おめでとうございます！素敵な作品、ぶっくさんに出会えて心が幸せです(*^^*)次回作とても楽しみにしています！これからも応援しています！！ (2020年5月6日 21時) (レス) id: f07a41e0f2 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ゆみさん» ゆみさん、コメントありがとうございます！そこに気付いていただけて嬉しいです、これからもこのふたりはどんどん幸せになります！（？）大好きだなんてめちゃくちゃ嬉しいです…！新作も登録ありがとうございます、これからもよろしくお願いします！ (2020年5月6日 20時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ぶっく。
| 作成日時：2020年3月12日 8時
