【QlK】帰宅から出発まで【ymmt】〈完結〉

はじめまして、優しいあなた ページ23

今日でAさんの家に居座り始めて1ヶ月。住み始めた日に、1ヶ月でなんとか住む場所を見つけて出ていくからと言った。

つまり、もうすぐ出ていかなければならない。今日はそのために約1か月前から僕が借りている新しいアパートの整理をしていた。

「早かったなあ」

……ああ、いや、嘘をついていたわけじゃない。駅前のベンチに座っていたあの日は、本当に問題が起きてしまって居場所が無くなっていた。不動産側の都合なのですぐに代わりは見つけてくれたし、特に揉め事も起こらずに済んだけれど、あの日はとにかく落ち込んでしまっていて。

すぐ見つかるとはいえ、あの日はどうにもならなかったのであの場でしばらく休んだら伊沢さんに連絡をしてオフィスに泊まらせてもらおうと思っていた。


「そんなとこで寝てたら風邪ひくよ」


だから、優しく笑う彼女に甘える必要なんて、本当はなかったんだ。家来る？と控えめに伸ばされた手を握らなくても、僕は別に困らなかった。

でも、考えるよりも先にあの手をぎゅっと強く握った。その瞬間から、離したくないと思った。

……一目惚れ、だったんだ。


弱ってるとこに優しくされたからだろう、と言われるかもしれない。確かにそれもある。けれどあのとき、他の人に優しくされていたって靡かなかった自信がある。

……まあ、人生においてタラレバなんて意味をなさないんだけど、でも、あれは確かに、Aさんだから、だったんだ。

不躾にいろいろと聞く僕にも、不思議そうな顔をしながら答えてくれる彼女が愛おしかった。控えめに祥彰と呼んでくれるのが、心地よかった。


なにかあったらまた来ていいよ


一晩泊めてもらったあと、朝起きてその置き手紙を見た途端に、僕は胸が弾んだ。もうすこし危機感というものを持ってほしいとも思ったけれど、でも、僕を信用してのことだったらいいな、とポジティブに捉えて、また来る決意をした。


その後、きちんと用意された代わりの住まいに荷物を持ち込んで軽く整理をして、彼女の家に住み込むための準備を始めた。

優しさにつけ込むような真似、しちゃいけないとわかっていたけれど、偶然の再会なんて待っていられないし、僕から行動しなきゃなにもすすまないと思ったのだ。つけ込んだ先の、幸せを夢見て。

……1ヶ月過ごして、特に僕らの関係は進展しなかった。意気地無しの僕のせいだ。時計をちらりと見ると、もうそろそろAさんが帰ってくる時間だった。

急がないと。

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