酔いどれの世迷言 _sgi ページ3
「ね、駿貴」
彼はときたま、酒を飲んだあと記憶を飛ばす。ずっと見てきたけれど、記憶が確かな日とそうでない日の違いがひとっつもわからない。
「ん？」
わたしたちのサシ飲みはお酒の種類も飲むペースも話している内容も、いつだってほとんど同じだ。だから、いままでは理由も違いもわからないままぼんやりと忘れられたら嫌だなと思いながら飲み続けていたわけだけど。
「わたしのこと嫌い？」
今日ばっかりは、忘れてほしいなと思いながら缶ビールに口をつけた。
「嫌いなわけねーだろ」
「そっか」
こんな面倒臭い彼女みたいな質問をしたことなんか、明日の朝の彼は覚えていませんように。この後に晒すであろう醜態もきれいさっぱり忘れていてくれますように。
「嫌いじゃないって、好きってこと？」
こんな単純なことも素面では聞けないんだよ、わたし。
「うん？好きだよ」
即答で好きだと返ってきて、嬉しいやら悲しいやら。
駿貴がまっすぐわたしを見つめながら、大好きなそのさわやかな声で、わたしにだけそんな言葉を被せてくれた、という事実だけで白米3杯はいけそうだ。
「よかった、わたしも好き」
たとえ言葉に熱はこもっていなくても、わたしくらいになればそんなもの、自らの熱で補える。
「でも、付き合ったり、そういうのないじゃん」
駿貴の顔がこわばったのがわかった。
ああ、やっぱりさっきの即答は嬉しいじゃなくって悲しいって捉えるべきものだったんだな。生まれてしまった緊張した空気をそのままに、わたしは続ける。
「その境目って、なに？」
どうせ片足突っ込んだんだ。わたしの望まないほうに転んで、運悪くバッチリ記憶が残っていたとしても、そのときはもう、すっぱり諦めるしかない。
「どういう意味？」
「好きと、付き合いたいの、境目」
だから、いっそ、どこまででもいってやろう。
「種類が違うでしょ、友愛と恋愛」
彼は缶ビールをテーブルに置いてため息をついた。やめてよ、真剣に取り合わないで。面倒臭い女の戯言だって流してよ。
「だから、その境目を聞いてるの。熱量が変わらないとして、友愛と恋愛にどのラインで振り分けてるのって話」
駿貴はわたしを見つめたかと思うと、手元に視線を移し、時計をちらりと見て、ゆっくり目を閉じた。
「……キスしたいかしたくないか、とか？」
視線の動きさえ気になるような空気を、彼は静かに吐き出した。その言葉を耳に迎えて、わたしはつい、彼の唇を視界に入れてしまった。
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作者名：ぶっく。
| 作者ホームページ：
作成日時：2020年12月29日 21時
