【QlK】目眩しのロマンス【短編集】 (ページ19)

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いずれ、秋霖が掻き消す _kwmr ページ19

ぽつり、一滴。腕が雨に濡れる。思わず手のひらを空に向けると、次々と雫が落とされて。周りの人々は建物に駆けたり、頭を鞄やフードで覆ったり、鞄から折り畳み傘を取り出し始める。
わたしは、まるで気づいていないかのように駅へと歩みを進めた。

そう、彼に傘を贈った傘を思い出しながら。

最近のわたしの思考回路はずっとこういった……何から何まで彼へと繋がるように構築されていた。いいや、きっとこれは今に始まったことじゃあなくて、焦がれる気持ちに気がつく前からの習慣なんだけれど。その習慣へ後ろめたさを覚えるようになったから余計に気になるんだろう。

傘を贈ったのだって、彼によく似合う良い傘を選び抜いて計画したサプライズなんかじゃなかった。ただ、天気予報を見て不安がる彼に、予備の傘を渡しただけ。安心した様子の彼を見てなんとなく返さなくていいよと声を掛けたことで折り畳み傘はそのまま彼の所有物へ昇格した。

後からわかったことだけど、その日、彼が不安がっていたのはある予定が理由だった。……そう、彼女との大切な時間。びしょ濡れで彼女の家を訪ねるのは気が引けたのだろう。
まあ、わたしが贈らなくたって近くのコンビニでビニ傘でも買っていたんだろうから、わたしは彼の救世主でもなんでもない。彼の幸せに貢献できた嬉しさやら、彼らの幸せに貢献してしまった悔しさやら、きっと魅力的なびしょ濡れの彼を見られずに済んだという気休めにすらならないほんのすこしの安心やら。それらが渦巻いて、どうしようもなかった。

それから雨が降る度、その傘を使う彼をまぶたの裏で思い描いていた。その反面、彼女との進展を小耳に挟む度、相合傘とかするのかな、とか。わたしの脳は彼と傘を密なものとして繋げたがって。わたしは一方的に彼との思い出の品として傘を崇めてすらいたような気がする。

……だからこそ、雨が嫌いだ。
彼を余計に、彼への気持ちを余計に思い出してしまう。ひとりで傘を差す勇気すらないわたしに、彼が振り向くことなんて、もう一生有り得ないのに。

パシャ、パシャ

後ろからできたばかりの水溜まりを踏む速い足音が聞こえて、すこし焦る。わたしもせめて、急ぐふりでもしないと浮いてしまうだろうか。

「あ、やっぱりA」

息を呑む。

「…………お疲れ様、河村」

正確にはもう、この呼び名は相応しくない。足音の正体は、彼だった。少し驚いた様子の彼は、もう手遅れなほど濡れたわたしを見ていた。