それと、足りないぜんぶ ページ2
付き合う前から、はやく別れてほしいと願っている。
見て見ぬふりをして閉じ込めた心は、抑えきれない。
抑えきれないからと言って、言葉にも、涙にも、笑顔にも、勇気にも、何にも換えられないのだ。この期に及んで、わたしは無力のままなのだ。
「……A、顔色悪くない？」
福良くんに話しかけられてドキリとする。
「んー？別になんともないよ」
話しかけないでくれ、これ以上は耐えきれない。
誰にでも優しくて笑顔があたたかい彼のことを好いている人は、わたしが知っているだけでも数人いる。
それでも、彼女みたいに大胆な行動に出て、成功をつかもうとしているのはひとりだけだ。わたしは、ふたりめにすら、なれない。ならない。惨めだから。足掻いたって、無駄だから。もともと、足掻く勇気もないけれど。
芽を摘んで、身を守ろう。
根こそぎ引っこ抜けばいいだろうか。
それとも、土をかぶせてなかったことにしてしまおうか。
そうすれば、いつか、肥やしくらいにはなるかもしれない。
「最近ふたり、いい感じだよね」
数年後に失敗談とか笑い話とかにできる気もしないくらい、ふんわりとした、輪郭なんてない想いを、わたしは明日も、きっと数ヶ月後まで抱き続ける。
優しいから譲ってあげるんじゃない。身の程をわきまえて退くのでもない。そんなにできた人間じゃあないのだ、残念ながら。
「きっと福良くんも＿＿ちゃんが好きだよ！」
ただ、怖いから逃げている、それだけ。
この呪縛から、一刻もはやく解かれますように。
「……えへへ」
そんな願いは叶わぬまま、後悔を引き摺ったまま、付き合い始めたという報告を受けた。
おめでとう、よかったね。
言えなかった。どうしても、言えなかった。口角も、どれだけ頑張ったって上がらない。マスクをしていてよかったと心から思った。
大丈夫、誰もわたしの顔の曇りなんて気付いていない。視線は、主役である彼女に集められている。みんながこれでもかというほど祝福を紡ぐから、わたしが心をすり減らしてまで寿ぐ必要もない。
足りなかったのは勇気じゃない。勇気だけじゃない、なにもかもが足りなかったのだ。
もし勇気があったって、きっと、わたしじゃダメだった。福良くんの隣になんて、立てるはずなかったんだ。
自己への慰めであり、呪いであり、紛れもない現実を、何度も何度も心の中で唱える。
それだけで精一杯なのだ。
『不作の理由は足りない勇気』end
酔いどれの世迷言 _sgi→←不作の理由は足りない勇気 _fkr
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作者名：ぶっく。
| 作者ホームページ：
作成日時：2020年12月29日 21時
