軌道修正は無理でも細やかな抵抗を ページ4
そうプレゼンされると、納得してしまいそうになる。流されてはいけないと頭では理解していたのに。
結局そのまま、言いくるめられてしまったのだ。
「てかさ、」
近くで響く彼の声。はっと意識が現在へ戻る。押し切られて友達になることを選んだ事実は変わらないというのに、どうしたって思い出してしまう。
「なんか今日いつもと違う匂いすんね」
そう。だからこれはわたしのせめてもの反抗だった。
もうただの友達なんだから、た、伊沢くんに遠慮する必要なんてないのだ。彼がくれた香水をわざわざ選ぶ必要がなくなった。ものに罪はないし、彼がわたしのために選んでくれただけあって匂いは好みだから、捨てるわけじゃあないけれど。
「よく気付いたね」
……というか、いつもと違う匂いすんね、じゃないんだよなあ。表面を撫でるような指摘に、心の中でため息をついた。たぶん、わたしは彼のこういうところにじわじわと不安を感じていたんだと思う。
今までのわたしが、常に自分がプレゼントした香りを纏っていたことに気が付いているのだろうか。ずっと同じ香水をつけていたのは、気に入っていたから、だけじゃないんだよ。
「……これ、買ってくる」
「おー、わかった」
当然、変わったのはわたしだけじゃなかった。そもそも自分のものをふたりの時間に買うのは珍しかったし、服選びにはわたしの助言を求めがちだった。
「それで、その研究っていうのがすごくてさ」
それに、口数は減らないけど、話す内容は変わった。前まではわたしに聞かせたいことを優しく。いまは自分が話したいことを好き勝手に。
でも、前より随分心地よい気がするから、彼の言うような気軽な友達に近付いているんだろうなと思う。
「ふーん、めっちゃ苦労人じゃん」
「そうなんだよ、おかしいよな」
少なくとも、彼のわたしを見る目は元カノじゃなくて友達だ。
わたしはまだ、彼をまともに見られない。別れてからも連絡をとっているような元カレはいないし、長い間特別仲の良い男友達さえいなかったのだから。
伊沢拓司は、わたしの中の特別のまま。
その特別がどんなかたちをしているかは別として。
「お腹空いちゃった、どっか寄らない?」
今までだって、我慢した覚えはない。でも、お腹空いちゃった、って声がするっと出たことになんだか驚いた。
デートのプランはなにもかも彼に任せていたから、わたしが欲望を口にする隙はなかったのかもしれない。わたしがそんなことを思う頃には、どこか素敵なお店に入っていたんだろうな。優しい彼の隣で。
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ウィンターくん(プロフ) - 更新うれしいです!ありがとうございます。ここのとこ2話で話がぐっと進んでますね…! (2021年4月12日 8時) (レス) id: 6c1e210fc5 (このIDを非表示/違反報告)
ぴの。(プロフ) - 初コメントです多分。あまりにも世界観に引き込まれすぎました。ここまで読んで続き!もっと読みたい!早く!ってなりました。読者側がこんなことを言うのも烏滸がましいのですが、文才溢れすぎてもう天才的で他のも読んだことあるのですが全て面白かったです。 (2021年4月10日 21時) (レス) id: 6d66e5d0a1 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» ウィンターくんさんいつもコメントありがとうございます!これからも頑張りますので、よろしくお願いします(^^) (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ゆゆこさん» ゆゆこさん、コメントありがとうございます。楽しみにして何度も読み直していただけたとのことで、とても嬉しいです( ; ; )これからはもうすこし更新頻度を上げたいと思ってます!これからもどうかふたりを見守っていてください!! (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 更新嬉しいです。ご無理なさらず、でもこっそり続きをお待ちしています。 (2021年4月2日 19時) (レス) id: 0f9ee489eb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年8月10日 23時