焼け焦げた木杭を隠した ページ14
わたしの体調が良くないと思っている彼は、あまり話しかけてこなかった。ただ黙って隣を歩いてくれるのが心地よくって、わたしも何も言わなかった。
ぼーっと歩きつつ、すこしずつ心の整理をした。彼への想い、彼からの視線、あの日までのこと、あの日からのこと、そしてこれからのこと。
記憶の中の彼はいつも優しくて、それに苦しめられる。当たり前だ、目の前の彼が優しくなかったことなんて、きっと一度もない。
「あ、ちょっと待って」
夜道でも変わらず光を放つ自動販売機の前で、そう声を掛けられた。ふっと彼を見上げると、やっぱり優しげにやわらかく笑っていて、心臓がぎゅっとなった。
好きでもない女友達にこんな顔を見せるんだ、伊沢くんって。
きっとずっと前から彼はこうなんだ。だからころりと惚れちゃったし、付き合ってからも不安に思ったし、別れてからも嫌いになれない。
「ほら、飲んで」
何も考えずにペットボトルを受け取って、一口飲んだ。冷たいそれが喉を通ると、思考がクリアになった。悩んでいたところから一歩外れて、現実にふっと戻ったような感覚に身を任せてもう一口飲む。
「あ、お金」
「いや気にしないで」
何から何までしてもらって、気にしないなんて無理だった。今までのすべてを整頓したって伊沢くんにしてあげたことより、伊沢くんにしてもらったことの方がずっと多い。
「でも、」
わたしが食い下がると、彼はまた眉を下げ目を細めて笑った。
「わかったわかった、じゃあ今度でいいから」
笑うとハート型に開く口が大好きだった。カメラロールの中に眠る消しきれていない写真が頭にぼんやりと浮かぶ。彼はいつでもよく笑っていた。
初めてふたりで会ったドキドキのあの日も、初めて彼の家に行って利便性の無さに驚いた日も、花火大会をドタキャンされた後にふたりきりでこっそり手持ち花火で遊んだあの日も、いつも彼は笑っていた。
「次は体調万全で会お」
いまだって、訪れないはずの次を笑顔で話している。
彼はその先も何も言わずに家の前まで送ってくれた。
わたしは最後のつもりなのに、結局借りに大きく傾いたまま別れてしまうことになって、心苦しい。してもらってばかりだった、5年間とプラスアルファ。
「またすぐ誘うから」
察しが良いのか悪いのか、彼は別れ際にそう告げてきた。からりとさわやかに笑って、わたしの心をかき乱す。
「わかった、ありがとう。ばいばい」
今までありがとう。今度こそ、さようなら。別れを切り出した日と同じようなことを考えながら、手を振った。
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ウィンターくん(プロフ) - 更新うれしいです!ありがとうございます。ここのとこ2話で話がぐっと進んでますね…! (2021年4月12日 8時) (レス) id: 6c1e210fc5 (このIDを非表示/違反報告)
ぴの。(プロフ) - 初コメントです多分。あまりにも世界観に引き込まれすぎました。ここまで読んで続き!もっと読みたい!早く!ってなりました。読者側がこんなことを言うのも烏滸がましいのですが、文才溢れすぎてもう天才的で他のも読んだことあるのですが全て面白かったです。 (2021年4月10日 21時) (レス) id: 6d66e5d0a1 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» ウィンターくんさんいつもコメントありがとうございます!これからも頑張りますので、よろしくお願いします(^^) (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ゆゆこさん» ゆゆこさん、コメントありがとうございます。楽しみにして何度も読み直していただけたとのことで、とても嬉しいです( ; ; )これからはもうすこし更新頻度を上げたいと思ってます!これからもどうかふたりを見守っていてください!! (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 更新嬉しいです。ご無理なさらず、でもこっそり続きをお待ちしています。 (2021年4月2日 19時) (レス) id: 0f9ee489eb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年8月10日 23時