＊ ページ5
.
｢私、A。君は？｣
｢……ゾム｣
｢ゾム。ふふ、ゾムかぁ。覚えやすくていい名前だね｣
｢そんなん、初めて言われたわ｣
｢そう？……ところでゾムはどうして自分のほっぺたを抓ってるの？｣
｢いや、夢でも見とるんやないかなって｣
ぐにぐに、彼女の名前を記憶に刻みながらも抓っていた頬は当たり前に痛い。そんな俺を見て彼女、Aはまた笑う。
｢あはっ、夢なんかじゃないよ。だって、ほら。……怪我が痛むでしょう｣
そっとAの手が目と鼻の先に伸ばされる。意識する間もなく俺の足は一歩、逃げるように後ずさった。しかし彼女は構わず、追うように一歩前へと踏み込み、そうして頬を抓っていた俺の手をするりと撫でた。
ぴり、と走った微かな痛み。Aが撫でたのは手の甲に残った切り傷だった。
｢動かないで。……ああ、ひどい怪我。私が治してあげる｣
｢なおす、？｣
｢そう。ほら、こんなふうに｣
Aが触れた傷口の部分が、なんだか暖かい。不思議な温度に目を瞬かせているうち、じわり、じわりと広がるそれは指の先からつま先まで巡った。そうして、気づく。確かにあった無数の切り傷が、綺麗さっぱりと姿を消していたのだ。
｢ね。もう痛くないでしょう？｣
｢……はえー、ほんまに…魔法や｣
｢ふふ。これでも凄腕なんだ。ずっと、ずうっと…練習してきたからね｣
魔法。にわかには信じがたいが、それは実際身に降りかかった。信じる以外になかった。彼女は確かに奇跡のような"魔法"を扱う。⎯⎯⎯ええもん見っけた。
｢治してくれてありがとな。ところであんたはこんな辺鄙な場所で何しとんの？｣
｢なにを、…ううん。そうだなぁ｣
｢……永い夜が明けるのを、待ってるの｣
彼女はぐっと背伸びをして夜空に笑う。
｢夜は明けるもんやろ｣
｢うん。そう、そうだよ。だから待ってるの｣
｢……もう時期日が昇るで｣
どこまでも続く地平線が、いつの間にやら淡い陽光の尻尾を徐々に夜へと侵食させている。夜明けは近かった。だというのにAは｢そう、だねぇ｣と浮かない声色で視線を砂浜へ落とす。
｢太陽に見つかる前に、眠らないと｣
｢は、？｣
｢ふふ。おやすみ、ゾム。また来てくれるって信じてるよ｣
｢あっ、ちょ、｣
くるり、突然背を向けたAは跳ねるように砂浜を蹴って灯台へと走り去る。ガチャ、ガチャ⎯⎯⎯鎖の音を、引き連れて。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 74人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぴぷ(プロフ) - 妹。さん» 妹さん、コメントありがとうございます~！ゆっくり更新にはなりますが、今回は明るめな(開幕不穏ではありましたが)おはなしにしていこうと思いますのでぜひよろしくお願いします！zmリクエストありがとうございました！ (2020年9月9日 15時) (
レス) id: def2dae9c2 (このIDを非表示/違反報告)
妹。(プロフ) - 通知に歓喜で泣きそうです。ありがとうございます。 (2020年9月7日 20時) (レス) id: 15a5300c38 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
