＊ ページ37
.
今日もまた、厭な一日だった。
｢因みにお前、さっきのは腹減ったって意味やぞ｣
｢ふはっ、俺、アイツに腹減ったって言ったん？うわあ、めっちゃ恥ずいやんか｣
すっかり日の暮れた街を走りながら、二人はあんなことがあった後だというのに呑気な会話を繰り広げている。私は口が重たくて開く気になれず、黙ってアクセルを踏み続けていた。
｢なあ、なあ、A。結果的に生きとるんやからそんなブッサイクな顔せんと、もっと喜んだらええやんか｣
｢……そうだね｣
｢ゾム、放っとき｣
｢せっかく仕事は終わったっちゅうのに、あんたにそんな顔されてもうたらテンションが上がりきらんわ｣
そりゃごめんなさいね、と悪態をつくのも面倒で止めた。今はただ、ひたすらに走らせて欲しい。
自分が立っているのは彼らと同じ場所、地獄に等しい場所。だから命を取る取られるなんてきっと、日常茶飯事なのだ。分かってる、分かってるけど、もう少しだけ。常識を忘れないように、この沈みきった気持ちを呑ませて。
｢ほんまに腹減ったなぁ。…ところでAは殺したことあるん？｣
｢……は、？｣
｢人を、殺したことあるんかって｣
あんまりにも唐突に、そしてふわりと軽い調子の声で、ゾムがそんなことを聞く。私は一瞬何を聞かれたのか分からなくて間抜けな声が洩れてしまった。ゾムはそれにくひくひと笑う。
ふた呼吸置いて、彼の質問を呑み込んだ。
｢……あるよ｣
｢へえ、そうなん｣
声が、震えた。けれどゾムは聞いた癖して興味なさげにたった一言返し、すぐに続けて｢夕飯何にする？｣なんて話題に移った。
"Aちゃん"
ここにいないはずの声が、私の耳元で囁いた気がした。何度も何度も消し去ろうとした甘い声が、私を呼んでいた。
"愛しとるよ、Aちゃん"
｢……うるさい｣
甘いバニラが鼻を擽る。大嫌いなキャスターの香りまで、してきた。ギッと下唇を噛んで、舌で微かな鉄を感じながらこんなものは私の弱った心が視せるまやかしだと首を振る。
あの人は、未だ私の首を、締め続ける。私が生まれて初めて手にかけてしまった男の、
｢……かわいそ｣
そんな、小さな声にはっとした。右を向くと、トントンの赤瞳がじっと私を見ていて、そうして口元には微かな笑みがあった。
私は慌ててハンドルを握り直し前を向いた。もしかして彼は、本当に、私の何もかもを知って⎯⎯⎯
冷や汗が、滲む。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 353人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぴぷ(プロフ) - Adlerさん» Adlerさん、はじめまして！ｺﾒﾝﾄありがとうございます~！そう言っていただけてとっても嬉しいです！わたしもﾃﾝｼｮﾝﾌﾞﾁ上げで頑張ります！ (2020年10月11日 14時) (
レス) id: def2dae9c2 (このIDを非表示/違反報告)
Adler(プロフ) - 初めまして！コメント失礼します！The戦争屋の小説でテンション上がっています！更新頑張ってください！！ (2020年10月11日 11時) (レス) id: 17a3f4fea4 (このIDを非表示/違反報告)
ぴぷ(プロフ) - レーナ（アンテファン）さん» レーナさん、コメントありがとうございます！面白いと言っていただけてとっても嬉しいです☆ 更新がんばります~！ (2020年10月7日 22時) (レス) id: def2dae9c2 (このIDを非表示/違反報告)
レーナ（アンテファン） - 面白い小説を発見☆頑張ってくださいー (2020年10月6日 22時) (レス) id: c89295cbe6 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
