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｢あれ、Aさんこんばんは｣
聞き覚えのある声がして顔を上げる。見ると、隣人の霊幻さんがいつもの笑顔を私の方へ向けていた。その後ろには見知らぬ男も立っている。目付きの悪い不機嫌そうな顔に、長身で黒スーツ、よく見ると左の耳の一部が欠けているではないか。見るからに堅気ではない風貌に私は息を飲んだ。
｢れ、霊幻さん……こんばんは｣
｢お仕事帰りですか？｣
｢えぇまぁ、ちょっと残業で｣
｢こんな時間までお疲れ様です｣
｢あいえ……霊幻さんこそ｣
チラチラと黒スーツの男の様子を伺っているのがバレたのか、霊幻さんもチラリと自分の後ろに立つ男に視線を向けた。
｢すみません、怖がらせちゃったみたいで。こいつ私の職場の部下で｣
｢おい、いつから俺様はお前の部下になったんだぁ？｣
異議申し立てる黒スーツの男をもう一度一瞥し、霊幻さんは私にニコリと笑いかけた。
｢では私たちはこれで。Aさんおやすみなさい｣
｢え、あはいっ、おやすみなさい｣
部屋に入っていく霊幻さんと黒スーツの男。さっき見つけた鍵をカバンから取り出そうとしていると、部屋に入ったはずの黒スーツの男がドアからこちらに顔を覗かせた。
｢嬢ちゃんも早く家入れよ、何かと物騒だからな｣
ニッと笑う男。決して善人には見えない笑顔だったが、滲み出る優しさは十分に温かかった。その瞬間、心臓が跳ねたような感覚がした。
｢あえ、あ、はいっ｣
｢ん、おやすみぃ〜｣
｢お、やすみ、なさい……｣
突然の出来事に上手く言葉が出なかった。ドクドクと心臓がうるさく鼓動している。
｢なに、いまの……｣
これは、日々が退屈だと嘆いていた私が、名前も素性も知らない強面の男に一目惚れした瞬間である。
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作者名：被苦人 | 作成日時：2022年9月28日 1時
