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(ああそうか。俺は、独りじゃないな……)
―――君が 傍に居てくれる。
今はまだ、一方通行な想いだけれど………
いつか。
『これは、大事な人がくれたんだ』
由唯は右手首のミサンガに、口づけた。
―――私は親の言いなりになんてなるつもりはない。だから君も、好きな人と自由に恋愛すればいい。
この見合いが終われば断りを入れるつもりだったし、君からも母上にそのように伝えて?
気づけば振り袖姿の女性を、随分と歩かせてしまったか。
野点傘の脇に備え付けられた赤毛氈に彼女を座らせ、由唯は破談の相談を持ちかけた。
気立ての良さそうな女性だし、既に想い人がいてもおかしくない。政略結婚など、このご時世に流行らない。
双方からの断りがあれば親も早々に諦めるだろう―――。
「由唯さんは―――その方と もうお付き合いを?」
『―――……痛いところを突くな。彼女、結構鈍くてなかなか気づいてくれないんだ…』
待っていても気づいてくれそうにないから、誰かにとられる前に、早々に伝える気ではいるけどね。
恋バナってやつ?
まさか他人に、こんな話をするとは思っていなかった由唯は、照れくささも交えた苦笑いを浮かべた。
刹那の話をしていると、自然と表情が緩んでしまったようで
目の前の女性は少しばかり驚いたように目を見開いていた。
それもそうか―――さっきまで、表情筋の存在を忘れるくらいに凍らせていたのだから。
「―――でしたらまだ、私にもチャンスがありますね」
そう言うと、赤毛氈から立ち上がった彼女は由唯の左手をそっとすくい上げる。
「由唯さんは私に、好きな人と自由に恋愛すればいい――と、おっしゃいましたね。では私は―――由唯さんの薬指に、お揃いのリングを希望しますわ」
『―――………は?』
少しでも……油断を見せたのが間違いだった。
”彼女”は由唯が思っていたよりもずっとしたたかだ―――。
中庭から望む空は、厚く灰色の雲に覆われる。
「そろそろ、戻りましょうか……由唯さん」
『―――――……』
ニコリと微笑む笑顔は、どう見ても同じ年の女の子だというのに。
猫を被っていたのは、お互い様だという事か。
(―――こいつ、とんだ女狐だ)
晩夏に突如 嵐が―――やってきた。
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作者名:しゃっぽ、kohaku x他1人 | 作者ホームページ:なし
作成日時:2021年8月3日 23時