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この部屋は…嫌いなもので溢れている。
和やかに進む会食のメニューは野菜で溢れ、先方の振袖に合わせたせいか、座敷は当然正座である。
(くそっ―――正座嫌いだって知っているくせに……)
苛立ちでこれ以上心を乱されるわけにはいかない。母の思う壺にならぬよう、冷静に思考を働かせる必要がある。
この場に存在する奴らは―――皆、敵……
俺の味方は―――誰一人だっていやしない。
「お二人は食が進まないようですね……。堅苦しい場ではお互いの事も知れませんでしょうし、散歩してきてはどうですか?」
先方の母親らしき人に声をかけられ、由唯はやっとそちらを見た。正直、交わされる会話は耳から入ってそのまま抜けており、紹介された女の名前も覚えちゃいない。だが、目の前に上品に盛り付けられた野菜を食べる気はないし、正座を続けるのも厳しい。ここから抜け出せる口実があるなら有難い。
『そうですね―――』
遠慮することなく立ち上がる由唯を、見合い相手という女はおどおどした表情で見上げた。
(―――メンドクサイ)
『……ご一緒して頂けますか?』
「―――はい」
苦手な正座で固まった足を解す為、ホテルの中庭を歩く。
後ろから付いてくる女性は、戸惑いながらもやっと口を開いた。
「あの―――由唯さん……」
母は同じ年だと言っていたか…。
この年で見合いだの婚約だと言われ、彼女も大変な事だろう―――
「雑誌、拝見しました―――モータースポーツの…。レースで幾つも優勝されていると…あの、おめでとうございます」
『―――……ありがとう』
雑誌に書いていたのか調べたのかは分からないが、彼女は由唯の後ろを歩きながら、たどたどしい物言いでバイクの話題を話す。由唯が話易いであろう話題をあえて持ち出す配慮が出来るという点については、好感が持てる…が、興味があるバイクの話が、全然楽しく思えない。
彼女が刹那なら……きっと後ろではなく、隣を歩いてくれる。
バイクに興味を示してくれたのが刹那なら、多分煩いくらいに話してる……。
ここにいるのが、刹那なら―――
「由唯さんの右手……髪に入れられているのと同じ、素敵な緑ですね」
―――ミサンガですか?
適当な相槌で聞き流していた由唯は、ふと、右手首に付けたミサンガの話題に目を止める。
これは、刹那が作ってくれたもの……
由唯が好きだと言った3色で紡がれた、大切なもの。
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作者名:しゃっぽ、kohaku x他1人 | 作者ホームページ:なし
作成日時:2021年8月3日 23時