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隣の席で、ひたすら話を続ける母の言葉に、由唯は無言を貫いていた。
今口を開いても、文句しか出てくる気がしない。
母はバイオマテリアル(生体材料)の研究開発を行う会社を経営している科学者だ。医学・歯学分野において、主に人の生体に移植することを目的とした素材を扱う会社で、人工骨や人工関節などに用いる生体的合成に優れた材料の開発を行っている。
バイクに出会うまでは、彼女の会社が遊び場だった為に自然と人体の骨や筋肉といった解剖生理や整形学が身近にあった。不摂生な生活の割に効率的な筋トレで身体を作り、自己にてテーピング等が行えるのも、母の会社のコメディカルに指導をうけた(仕事の邪魔をしていた)おかげである。
(学校の生物室から出てきた人体骨格模型の名前まで説明できたのはその影響で…決して変な趣味があるわけではない。)
「先方のお嬢さんは由唯さんとは同じ年で、父様の会社とも関わりのある方なの。由唯さんの趣味についても、雑誌を見て知っていらっしゃるみたいで、理解されているそうよ―――」
適当に聞き流していた母の言葉に気になる文言を聴き、由唯は初めて母の顔を見た。
『先方―――って?』
「ですから。今から行く 由唯さんのお見合い相手の女性の方です」
『はぁ?!』
こんな暑い日にサマースーツを着せられたため、どこに行くのかとは思っていたが、見合いをするなんて聴いてない。「言ってなかったかしら」とくすくすと笑う母のこの表情は、確信犯だ。
だからインターホンで見た姉の顔も浮かない表情だったのか…
―――あいつ、知っていて隠していたな。いや、コイツが初夏に口止めしたんだ。
『冗談じゃない。俺は帰る―――』
走行中の車を開けようとするが、守備のいい事に運転席側でチャイルドロックが掛けられている。
由唯はにこにこと笑う母を睨みつけた。
車内は動く要塞―――今の由唯に、抗う術はなかった。
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会場となるホテルのロビーにつき、斜め後ろに立つ母を再び睨む。
細部まで作り込まれた笑顔に隙はなく、綺麗すぎて怖い。技術者としてだけでなく、彼女はこの作られた表情で、経営者として世間を渡っているのだ……学生風情の由唯が太刀打ちできるはずなど無い。
『―――言っておくが、破談にするからな。今のうちから断りの文言を用意しておけ』
案内された会場へと向かう途中、隙のない表情を作る母同様―――由唯もまた表情を作り、凍らせた。
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作者名:しゃっぽ、kohaku x他1人 | 作者ホームページ:なし
作成日時:2021年8月3日 23時