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「いってらっしゃい―――」
刹那の母やせんせい達に見送られ、家を後にする由唯と刹那。
会場までは電車を使うが、車内は夏祭りに向かう浴衣姿に溢れていた。
艶やかな浴衣袖を揺らしながら楽しそうに話を交わす女の子達に、年も変わらないくらいの恋人達もいる。
この中では――俺も刹那と、そんな風に映っているのだろうか……
はぐれてしまわない様にと理由を付けて繋いだ刹那の右手を握りながら、由唯は、邪な心が刹那にバレてしまわない様にと、窓の外に視線を移した。
会場には既に沢山の人の熱気で包まれている。
今回は神社ではなく、大きな公園に屋台が並び、夜にはこの地区最大級の花火が上がるという。
『花火までは時間あるな―――せっちゃん、何か食べたいものある?』
下を向く刹那に声をかけると、はっとして顔を上げた。
慣れない履物に足を痛めた?それとも―――前回怖い思いをしたから、本当は嫌だった?
今回も、強引に誘ってしまった節が拭えない。
送った髪留めを付けてくれているという事は、嫌われてはいないと思うのだけど…
「えっと―――七瀬君の食べたいもので良いよ」
『―――……じゃ、野菜なしの焼きそば食べたい』
「そんなもの ありません!」
いつもの刹那節で即答された。
食べたいもので良いって言ったくせに……
『分った。今日だけ焼きそばの野菜も食べるから。せっちゃんは俺の事、名前で呼んで?』
「えっ――あ……えっと―――」
『―――呼んで。由唯――って』
友達の事は、名前で呼んでいるだろ?
暫く視線を泳がせながら、ぱくぱくと口を動かしていた刹那が、意を決したように顔を上げる。
「―――ッ。お野菜、残さず食べてね……由唯くん」
『―――ん、頑張る』
最後の方は、段々と声が小さくなってしまったけれど―――。
かなり強引な言い訳だという自覚はあるし、可愛かったから良しとしよう。
嬉しさでにやけてしまう顔を誤魔化すように、由唯は笑って答えた。
宣言したからには、屋台で見つけた焼きそばも残さず食べる。刹那が作ってくれる野菜なら美味しく食べられるのに―――と小文句を零す由唯に、彼女は「偉いね、由唯くん」と笑った。
彼女が名前を呼んでくれるたび、胸の奥がくすぐったくなる…
もっと傍に居たいとか、もっと触れたいとか
今よりずっと、刹那の特別になりたいと願ってしまう――。
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作者名:しゃっぽ、kohaku x他1人 | 作者ホームページ:なし
作成日時:2021年8月3日 23時