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「…京本」
「…俺も会いたい」
緊張して今にも吐きそうな気分で、小さな声で言った。
ついさっきまであんなに会うのが嫌で、消えたいと本気で思っていたのに
声を聞いて優しさに触れてしまえば、こんなにも気持ちが溢れてしまう。
「駅にいるんだよね？…迎えに行くよ」
『…ほんとに？』
「…ほんとに」
ふふ、と穏やかな吐息が聞こえてつい口元を緩めると、激しいノイズと共に声の主が切り替わった。
『おー、北斗。今完全に俺の事忘れてたよな？』
「…あ、樹」
『その反応！悪気無さそうなのがムカつくんだよ全く。…感謝しろよ、マジで』
「…マジ、ありがとう。感謝。」
ん、と一言で機嫌が良いと分かる返事をして、樹は電話を切った。
その瞬間、現実に一気に引き戻されて、心臓がまた加速する。
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暗くなってからはほとんど出歩かない駅へ続く道が、まるでレッドカーペットのように華やかに思えてきた。
我ながら単純なヤツだなとおもう。
道ばたからほんのりと金木犀が香って、ふと浮かんだ歌を歌いたくなった。
きのこ帝国の 金木犀の夜
何気なく口ずさんだそれが、今の自分を歌っているようで。
駅の近くのコンビニでアイスでも買っていこうかなと、ついでに考えていると
優しい何かの音色が、近くから聴こえてきた。
俺は吸い寄せられるようにその場所へ向かう
…それは確かにあの人の声で、あの人の歌声で。
「…京本、」
その音の元にいた彼は、ぽろぽろとギターを鳴らしながら、子守唄を歌うように、俺と同じ『金木犀の夜』をうたっていた。
ギターケースをチップ入れの様に路上に立てて、でも誰にも聴かせるつもりがないように胡座をかいて、俯いて
素朴に音を奏でている。
京本らしい、大好きな姿だった。
「…好き」
不意に、心の内に隠した気持ちがぽろりとこぼれた。
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作者名：ななみや | 作成日時：2023年7月9日 18時
