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帰りたい、と泣きながら訴えた俺に樹は折れて、ステージが始まる前に家へ引き返した。
ごめん、もう帰って、一人にして。
そんな単語をひたすら繰り返す俺の背中を樹は暫くさすってくれてくれたけど、やっと呼吸が落ち着いたのは樹が帰って1時間ほどが経過してからだった。
床に蹲って頭を抱えていた状態を解き、ボサボサの髪を片手で慣らしながら携帯を手に取る。
落ち着いたら連絡よこせよ、と樹からメッセージが届いていた。俺は反射的に通話ボタンを押した。
「…もしもし、樹」
返答がない。
繋がってるから出るはずだけど、電波でも悪いのか。
「…樹、俺だよ。…さっきは面倒かけてごめん」
そう改めて言うと、電話口で小さく息を吸った音が聞こえた。
『北斗。…大我だけど』
それはよく聞き覚えのある、大好きな声だった。
『…たまたま、樹に会ったんだ。今携帯借りてる』
「……たい、が…、大我、？…っ、ぅ、けほっ、」
覚えたての言葉のようにその名を呼んで、声がつっかえる。
突然の衝撃をどう消化すればいいのか分からない。
…でも、驚きより何より勝るのは
京本の声が聞けて嬉しいという気持ちだった。
『…大丈夫？』
「あ…う、……うん…」
穏やかで静かな声に、心臓が忙しなく跳ねる。
…今までこの人と話す時、俺どうしてたんだっけ。
『…ごめん、樹に色々聞いたよ。…状況は大体分かってる』
「……う、…んん………」
どきどきして上手く話せない。
なにか話さないとと必死に考える俺に、京本は子供に問いかけるように、ねぇ、と優しく言った。
『…北斗。会って話したいな』
「……え、っ……」
『……あ、いや、ごめん。突然すぎるよね』
「……そんなこと…。俺の方こそごめん、今日行けなくて…」
『…ううん。』
沈黙が走る。
ひゅぅ、と風の音が聞こえて、彼が外にいる事がわかる。
「…何処にいるの？」
『…外』
「…外って」
『北斗の家の最寄り駅だよ』
「…！」
『…無理やり会いに来ようとした。倫理観終わってんな、て思ったろ。…北斗から連絡来て、手段を選べなくなるくらい焦ったんだ、俺』
『…怖いこと言ってごめんね』
は、と京本は自嘲気味に笑った。
…わざわざ、こんな俺を心配して会いに来てくれたって事だよな。
…そんなの、信じられないくらい嬉しいことなのに。
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作者名：ななみや | 作成日時：2023年7月9日 18時
