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…でも、人生って、なかなか上手くいくものではなくて。
この感情も、単純な想いだけで出来ている訳ではなかった。
地下鉄を降り、地図に沿って歩いた後
ライブ会場の小さな案内板を見つけ、階段を降りた時だった。
「…樹、」
華やかである筈のライブステージを
何故か、一瞬、俺が通っていたあの場所のように錯覚したのだ。
「…じゅり、まって、樹……」
「北斗、」
目の前がショートして、全身から変な汗が吹きでた。
泥の上にいるかのように足が重くなって、喉は締め付けられているように苦しい。
俺が声を絞り出して樹を呼ぶと、樹は飛ぶように俺の元へ駆け寄ってくれた。
「…深呼吸して。…大丈夫だ、大したことねぇ、こんなの」
「……はぁ、…はぁ、」
「お前…楽しみにしてただろ……」
「……ん……ん、、」
喋ろうと思っても、まるで言葉を忘れてしまったかのように一言も発することが出来ない。
目の前の友達に迷惑をかけている罪悪感
これから会えるはずだった京本と、もう二度と会えない彼への罪悪感
一度発作を起こすとマイナスな感情が一気に押し寄せ、呼吸が出来なくなる。
初期の症状が再発した。
「……も、……かえ、る………か、え…たい……」
「…北斗、一旦地上に出るぞ。近くに公園あったろ、人気ないからそこで待ってろ、水買ってくる。…大丈夫、時間、経てば…」
「……ん、……んん………」
人目もはばからず、子供みたいにただぽろぽろと涙を流して
困らせていると分かっているのに話すことが出来ない。
「…俺には、どうにも出来なくても…京本さんに会えば、治るかもしれねぇだろ…?」
「……あ、い……あいたく、ない」
整理のつかない頭から、否定的な言葉だけが零れる。
もうだめだ、会えない。
俺はあの人に会っちゃいけない。
…こんなことなら、来るんじゃなかった。
出会いたくなかった。
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作者名:ななみや | 作成日時:2023年7月9日 18時