hokuto side ページ28
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最近、重ねる衣服が一枚増えた。
辺りは微かに金木犀の香りがする。
高く澄んだ秋晴れの空はまるであの人にエールを送っているようで、共有したくなるけれど
そんなことにいちいち反応するの面倒臭いかな、とか、今は集中してる時だろう邪魔しちゃダメだ、とか、あの人の事になるといつも以上にごちゃごちゃと考えてしまう癖が俺にはあった。
「楽しみにしてるね」
結局誰にでも言えるようなことを送って、地下鉄の出入口にもたれかかって友人を待つ夕方5時。
あの人のステージが始まるまであと1時間
トントンとつま先が小さく弾んで、指は勝手にピアノを弾くみたいにそわそわ動く。
お陰で定時に到着した樹に、「ご機嫌だな」とにやにやしながら突っ込まれた。
「いよいよだなぁ、ライブ。制作頑張った甲斐あったな」
「うん…楽しみ。…でも、ちょっと緊張する」
「んは、なんでお前が？」
「…なんか、どきどきする、っていうか」
「…ふぅん。お前、京本さんのことになると途端に語彙力落ちるよな」
「…うるさい。お前はその首のキスマなんとかしろよ」
「いいだろこれは。俺のチャームポイントなんだから」
樹はからかうように笑って、地下鉄のホームへ続く階段を下って行った。
蛍光灯が薄く照らすだけの閉塞的な階段を、俺もなんでもないフリをして続く。
友達がいても少し心臓がざわざわする感覚があるこんな所も、あの人が居るときっと平気なんだろうなと思う。
…早く会いたいなぁ、って、馬鹿みたいにあの人のことばかり考えている。
「…北斗、平気か」
「あぁ…大丈夫だよ」
地下鉄に乗り込むと、樹は欠かさずさらりと聞いてくれた。
彼のこういうさり気ない優しさに何度も助けられた。友達になってくれてよかったと思う。
「…苦しくなったら言えよ」
「うん。ありがとね」
本当は電車でも行けるルートがあったけど、あえて地下鉄にしたのは、比較的暗い地下へ行っても平気かどうか試す意味があった。
今日の会場は地下のライブハウスなのだ。
…でも、今日はきっと大丈夫だ。
京本に会えるんだから。
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作者名：ななみや | 作成日時：2023年7月9日 18時
