桜のあと (ページ25)

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「あぁ…そうか、お前が樹か」

「まぁ…ハイ…」

安心と怒りが混ざったような複雑な心境で、結局は睨むような目で樹を見つめた。

いい人そうなのが、なんだか少し嫌なのだ。

樹は相変わらず困った顔で、俺はずっと会ってみたいと思ってたんすけど、と呟くように言った。

「アイツ…いつも京本、京本って貴方の話ばっかですよ」

…だとしても。

「…でも、現に頼ってるのは君だよ。信頼できるのは僕より樹なんだよ」

「まぁ…それは…ちゃんと理由があると思う。京本さんの事は、誰よりも大切に思ってると思うから」

…また、物知りげな言い方をする。

ちょっと悲しくなってきた。

気持ちを押し殺して、へぇ、理由って？と聞くと、彼は僕を隣へ座るよう促した。

「…じゃあ、俺が知ってること話すね」

…アイツ、暗所恐怖症なんだよ。

…そう、彼が話を切り出した時、僕の心臓がざわりと揺れた。

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樹が北斗を最初に見かけたのは、2年前期のデッサンの授業でのことだった。

授業に少し遅れそうで、慌てて駆け込むようにアトリエに入ろうとした時、入口付近で息を荒げて縮こまって居たのが北斗だった。

「えっ…ちょ、あんた、どしたの？」

「っ……、はぁ、大丈夫、」

「いや大丈夫じゃないでしょ」

樹が背中をさすると北斗は少しずつ元の呼吸を取り戻したようで、にこりと小さく笑って見せた。

「…ね、大丈夫」

「いや…全然無理しなくていいって」

「ははっ…あんた、見かけによらず優しいんだな」

青白い顔でぐったりとした様子の北斗は、囁くような声でそう言った。

…この人はいつもこうやって生きてきたんだろうか。

樹は最低限の善意しか持ち合わせていないつもりでいたけれど
目の前の彼の放っておいて、という態度が何となく放っておけなかった。

樹の妹が昔北斗同じような発作を繰り返し起こしていたので、軽い対処法くらいは知っていた。
まずは綺麗な空気の所へ行けば、幾分か呼吸がしやすくなるはずだ。

「ん〜…じゃあ今から見かけによること言うけど、この授業一緒にサボんね？」

なるべく軽い物言いを心がけて言った樹の言葉に、北斗は僅かに瞳を輝かせた。

「…それって、逃避行？」

「…そんな、お洒落なもんかはわかんねぇけど」

サボる、という言葉もろくに知らないらしい北斗に、樹はいたたまれない気持ちで苦笑した。

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