File.18-72 ページ33
「だから、何しに来たのって聞いてるの」
『何!?右目を撃つスナイパーじゃと!?』
零した溜息に重なって鼓膜を叩いて来た博士の声は中々の音量で響いて、自分の声が如何程隣に届いたかは分からない。とは言え、特段気にした様子も無く「だからぁ」と口を開いた彼を見るに差し支え無かったらしい。
「あの蘭っていう姉ちゃんが追い掛けようとしてたから、代わりに来たんだよ。あの子に来られちゃ拙いんだろ?...特にあのボウズが」
「ふぅん...随分優しいんじゃない?」
顔や姿が違うのに彼の声がする、なんて違和感には慣れている。しかし、身長すら遥かに違う所為で見上げる先がいつもと違うのは違和感は禁じ得ない。普段より遥かに斜め上に位置する顔を見遣っても、其処にあるのは知りもしない刑事の顔なのだけど。
「さあな...誰かさんのお気に入りみてぇだから、ちーっとばかし気ぃ遣ってやってるだけだよ」
相変わらず前方を見た儘口を開いた誰か、から聞こえて来る慣れた声に小さく肩を竦めて「どうも」なんて一応返しておく。傍から見たら刑事と女子高生の世間話だが、そんな場面など滅多に無いだろう。
「彼に怪我させたら、私泣いちゃうかも」
へらりと笑って絶対嘘だと判る事を言ったのに、
「なあ...オメーの何なんだよ、アイツ」
深過ぎる溜息と共に、向かい合わせに重なり合った視線に乗せた機嫌の悪い声が、形のいい口許から紡がれてくる。
声も口調も全て知っている筈だと言うのに、問い詰める様に寄せられた顔貌は全く知らない。そんな歪さに、頭では理解していても身体が悲鳴を上げてくる。知らない男の顔が間近にある、なんて気色悪い状況など、仕事中であっても容認出来るものではない。
「や、やだ...快斗じゃないの、こわい.....」
ぺたりと壁に張り付いて『10分後にまた電話をくれ!』と返しているらしい博士の声を遠くに聴きながら、喉が詰まって小さく途切れ気味に漏れた言葉を無理矢理吐き出す。
微かに震える手を、見慣れない顔の中央。
鼻先に伸ばして、
「やべ、ばか...っ」
その不愉快な顔を剥ぎ取る。
より先に、インカム越しに通話が終了した切断音が響いてきた。
次いで、如何してか勢い良く押し開かれた個室扉。それを察知して見を翻して廊下を曲がって姿を隠した彼と、壁から背を離して気怠そうな表情を貼り付けて欠伸を零した私。
何方も、少年が飛び出してくるより早く。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年3月23日 21時