File.18-43 ページ4
𓂃 𓈒𓏸*⋆ஐ
鈴木家の船の中。
厳重な金庫室に収められているメモリーズ・エッグを取り出して、金庫室前に創られている待合室というか応接室というか、ソファセットが置かれたシンプルな部屋のテーブルへと置いてくれるのは秘書の西野さん。
其処に座るのは時計回りに、少年と20代後半の女性、鈴木会長に毛利探偵、園ちゃんと蘭ちゃんと私の順。昨日会長室に集まっていた面々は壁際に立っている。
「私の曾祖父は喜市と言いまして...ファベルジェの工房で細工職人として働いていました」
口を開いたのは少年の隣に座っている女性。
明るい茶色の長い髪に、灰色の双眸をした綺麗な女性は、数日前に調べた香坂喜市の曾孫である香坂夏美さん。つまり、キッドがエッグを渡そうとしている張本人だ。パリの有名な洋菓子店のホームページに載せられているパティシエールの紹介写真と同じ顔貌をした彼女は、屹度何処かの我儘青年の舌を喜ばせている人物なのだろう。
「現地でロシア人の女性と結婚して、革命の翌年に2人で日本へ帰り...曾祖母は女の赤ちゃんを産みました」
鈴木財閥がエッグを所有している、というニュースを観て鈴木会長へ話があると昨日大阪を訪れていたらしい彼女は、改めて今日こうして再び足を運んでくれたのだと言う。
「ところが、間もなく曾祖母は死亡...。9年後、曾祖父も45歳の若さで亡くなったと聞いています」
それにしても、だ。
「その赤ちゃんというのが...」
「私の祖母です」
香坂喜市氏が結婚したというロシア人女性は誰だ、という話を快斗と繰り広げた時。ふと飛び出したひとつの可能性が事実なのでは無いかと思うほど、目許が似ている彼女は屹度知らない。
いや、知らない方が良いのかも知れない。
「祖父と両親は私が5歳の時に交通事故で亡くなりまして...私は祖母に育てられたんです」
血筋とか伝統とか言うものは、良いことばかりとは限らないのだから。
「その大奥様も、先月亡くなられてしまいました...」
夏美さんの背後に立っている初老の男性が後に続くように口を開くが、彼は香坂家に長年仕えている執事である沢辺蔵之介さん。夏美さんのお祖母さんに仕えていたのだろうが、今は唯一残された夏美さんの傍に控えている。
長い間、香坂家を見詰めて来た彼は如何な真実を抱き締め続けているのだろうか。
私達が開けようとしている南京錠は、世紀末に相応しい秘めたる宝かも知れない。
.
34人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年3月23日 21時