File.18-55 ページ16
こうやって一人で口を開いていても、不審がる人間はいない。
それ程までに船と乗客のバランスが合っていないが、コチラからしてみれば有難い限りだ。
「あー...でも待って、どうせ絡繰屋敷なんだから一緒行こうよ」
香坂喜市氏が建てた城、という話を聞くだけで一筋縄ではいかないだろうと想像に難くない。夏美さん含めた全員が向かうのなら、如何せ少年も行くのだろうから絡繰に関しては解いて貰えば良い。まあ此方の知識が足りないだなんて事は無いが、着いて行くだけの方が何かと安全な上に、曾孫の知恵が必要な場面が出てくる可能性もある。
「チャンス見て毛利探偵か...安牌で私と替われば良いし」
二つ並んだタルトは少しずつ減っていくが、人は相変わらず誰も来ない。陽も若干の傾きを見せるだけで穏やかな船旅の様相を呈している。
だと言うのに、
『それか...警察の誰か、だろ？』
彼は不穏な事を言う。
「ふぅん、それって面白い話？」
『バーロ...おめぇだって分かってんだろ、蠍が乗ってる事くらい』
この船の中に嘘吐きが居る事も、昨日の蠍が潜んでいるだろう事も、可能性としては大使館の男か美術商か研究家かカメラマンの誰かであるだろうと言う事も、エッグと共に船に閉じ込められて警察の応援も届かない今が絶好の機会だと言う事も。
つまり、船上で事件が起きるかも知れないという事は想定される。
「エッグが盗まれるか誰かが死ぬか分からないから、その計画で行くなら一課と二課...いけそうな刑事さん調べないとね」
休暇中の人間か、警戒心の無い抜けた人間か、それともリスクを犯して指揮官位に絞るか。まあ其処は彼のセンスと動き易さに任せるが、船上で何か動きがあれば直ぐに伝える様に気を張っておく必要はあるだろう。
『いけそうな刑事ねぇ...。探ってみるしか無ぇか』
「私が殺されなければ、何か動いたらすぐ教えるから頑張って」
傾けたマグカップのコーヒーは、夏場という事もあり冷めずに未だ温かい。甘いケーキに苦いコーヒーというのも偶には良いかも知れないな、なんて呑気に考えていれば、イヤホン越しに深々とした溜息が返ってくる。
『蠍に刺される様なタマじゃねえ癖に良く言うぜ』
「私を買ってくれるのは有難いけど...誰かさんの所為で冗談じゃない位全身痛いから、うっかり躓いて死ぬかも知れないでしょ？」
悪戯に笑ってみせる位には、元気だけど。
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作者名：雪兎。 | 作成日時：2024年3月23日 21時
