File.18-52 ページ13
二枚目のロシアケーキへ手を伸ばして、何時間振りかも分からない固形物を口に運ぶ。
甘いものと美味しい紅茶と、和やかでも穏やかでも無い少年。
この歪でバランスの悪い時間は、彼が如何かは扨置き、私からしてみれば居心地の悪いものでは無いのだから不思議だ。不機嫌そうで不審そうに手にしている端末を見遣る少年を余所に、空いたティーカップを持って立ち上がる。
「君が何をしようと私は構わないけど、蘭ちゃんが心配すると皺寄せがこっちに回ってくるから迷惑だし...使える知り合いは有効活用すれば?」
二杯目の紅茶を注いで其の場で一口啜り、思わず「家で飲む方が美味しい...」と小さな不満を零す。我が家の紅茶は優秀な旦那さんが美味しいミルクティーにしてくれる事もあって、何時も満点の紅茶が提供されるので気付き難いが、紅茶ひとつ取っても奥深いらしい。
紅茶で満たしたティーカップを手にソファへて戻る道中。
「知り合い、っつうかオメーは...」
ふと始まった少年の声に、人差し指を立てて口許に持って行く。
直ぐに気付いて口を閉ざした少年は、流石の頭脳で何かを察知したのか、加えて卓越した演技力で小さく鼻を鳴らして不貞腐れた様に視線を外しながらスマートフォンをポケットに仕舞った。
次に紡がれるだろう口の形からして、優しい少年は幼馴染と言う心算だったのだろうが、だからこそ言われる訳には行かない。私が其を制止した事で残念ながら怪盗キッドの生存が知られた訳だが、少年の事だ。彼が死んだなんて考えてもいないだろう。
「で?どこ狙ったんだよ」
マグカップのコーヒーを啜りながら問い詰める様な口調を見せる少年は、如何考えても小学一年生では無い。
此奴こそ隠す気は無いらしい。
「銃創を期待してるなら諦めて。見た中に右頬が抉れてる人間はいなかったし...勿論、目が潰れてる人も見掛けてない」
二杯目の紅茶を傾けつつ、少し考えて「狙いが外れてなければだけど」と付け足して三枚目のロシアケーキを摘む。生憎、予期せぬ落下の最中だった所為で当たっていない可能性も十二分に考えられるが、こればかりは狙われた本人に聞くしかない。
「目って...お前、まさか.....」
何だか変な誤解をされている様だが、私は猟奇的殺人犯では無い。
「あんなシリアルキラーと一緒にしないでね。あのとき私が撃ち抜いたのは真っ赤なレーザーサイトだけ」
暗闇の赤い光線は、まだ記憶に新しい。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年3月23日 21時