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最後に「おまけに特製のミートソースが髭に付いてるしね」と付け足した少年は、咋に驚愕を見せる阿笠博士に、悪戯な笑みを見せながら人差し指を立てて。
「チッチッチッ...初歩的な事だよ、阿笠君」
腹立たしい自慢気な言い回しを並べてみせる。
「し、新一...まさか、本当に新一君か!?」
さっきから言っていたのに、漸く信じてくれたらしいところを見ると、矢張り人間が小さくなるのが如何だけ非日常的な出来事かが分かるというものだ。
「だから、さっきから言ってんだろ?薬で小さくされたって...」
ともかく、きちんとした大人が信じてくれるのなら有り難い。
「取り敢えず...話は、君の家の中でゆっくり聞こう...」
漸く前進したらしい状況に、深々溜息を吐いて壁から背を離す。工藤宅の門扉を開いた阿笠博士に連れられて門を潜る少年を見遣り、意味も無いだろうがワンピースとロングコートの裾を絞ってみる。
「じゃあ、私帰るから」
「え、来ねえのか...?」
バシャバシャと吸い込んだ雨を落として行く服の皺を伸ばし、不思議そうに振り返ってくる博士と少年に手を振りながら再び帰路を目指す為に踵を返す。
「水浸しの女の子に気を遣える男になりなさいよ」
ひらりと振った手の冷たさにポケットへ手を入れてみるものの、最早濡れていない場所は無いらしく、冷たい水気が出迎えてくるだけ。
この謝礼は何を要求しようか、なんて考えながら最早走る気にもなれず雨の中歩く。傘も持たずに足を運ぶ人間等居ないが、街行く人々は傘を差している上に暗いお陰で、此方へ目を向ける人は殆ど居ない。
通り掛かった駅前の時計を見上げれば、電話を貰ってから1時間30分程度経っていた。
明日が日曜日でなければ、学校を休んでしまおうかと思っていただろうけれど、生憎折角の休日が無駄になりそうだと落胆するしかない。
走るでも無く漸くと辿り着いた自宅。
ウィッグを外すが、地毛すら見た目にも濡れ倒している。冷えた指先で翡翠色のコンタクトを外して棄てる。濡れ鼠過ぎて悲壮感すら漂うが、特に私が傷付いている訳でもショックを受けるような事があった訳でも無い。
だから、
「...っ、.....?」
玄関を開けた瞬間、飛び付いてきた体温に驚いて。
あたたかいな、とか。濡れちゃう、とか。
色々な事が頭を掠めたけれど、どれも声にはならなかった。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月21日 3時