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File.13-8 ページ36

「.....今、なんか...」



渡りきった横断歩道の先。相変わらず隣で不機嫌丸出しの快斗の声を遮って振り返る。信号が色を替えた事もあり、車道は既に水溜まりを轢きながら走行する自動車で埋め尽くされていて、微かに鼓膜を掠めた声が幻聴だったのか如何かなんて分からない。



「...どうした?」



花見が云々、意味が分からない等々を繰り返していた快斗も、突然足を止めた私に言葉を切らせて同じ様に背後に過ぎ去った横断歩道を見遣る。



「いや...聞き間違いかも」



知り合いが、居る筈の無い知り合いを呼んでいた気がする。なんて思ったけれど。振り返った先に毛利蘭の姿は見当たらないし、彼女が呼んでいた工藤新一は今頃彼女の家で小学校生活を送っているのだから、私の耳が自分勝手な認識をしただけなのだろう。



見遣った視線を戻しながら「何でもない」と止めた脚を再び運び、くるりと傘を回していれば一歩遅れて並んだ快斗が更に一拍を置いて口を開いた。



「...、.....じゃあ、オレ以外とだったら行くのかよ」



まだその話続くのか。なんて思いつつ、不機嫌を越えて不貞腐れ始めた彼に扨如何したものかと考えたりもするが、自分が蒔いた種なのだから仕方無い。見上げた視界に広がる曇天を見ながら「んー...」なんて間延びした声を謳わせて。



「.....私の初めてが、快斗の初めてじゃないのって...嫌だもん」



「...へ?」



返る声は随分と間の抜けた、素っ頓狂という方が確かな色。



「だから...他の人で練習してからなら、行ってあげても良いよ」



他人と行く心算も無ければ予定も無いので、実現するかも分からないけれど。



ふわりと回した傘の合間から隣を見上げ、小さく首を傾げて提案してみたのに。少し驚いた様に双眸を瞬かせていた快斗は、暫し考えるような素振りを見せた後に相変わらずの笑みを見せて「じゃあ...」なんて助走を付ける。



「オレの最後を全部やる代わりに、Aのこれから先の最初はもらう...ってのはどうだ?」



男の最後を貰う代わりに、女は最初を差し出す。



最初だ最後だと言う話で浮かぶのは矢張りオスカー・ワイルドかと考えつつ、このまま頷いても良いが何だか公平では無い気がして。



「それ、私の最後は当然快斗のものなんだから...取り引きになってない気がするんだけど」



「あー、いや...」



彼の最初を取り返す事は出来ないのだから、言い合っても仕方無い。



屹度今回も折れるのは私の方。






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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月21日 3時

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