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結局、特に悩む事も無くバウムクーヘンとクッキーを選んで購入した帰り道。
「明日からは晴れるらしいぜ」
傘を片手に、気の利く店員さんのお陰でビニールに包んで貰った紙袋は何も言わずに自然と快斗の手に提げられて、私は信号待ちの中で傘を手持ち無沙汰にゆっくり回してみるだけ。
「そっか、じゃあ桜雨も終わりだね」
「そういや今年まだ花見行ってねえな」
雨に濡れる休日だと言うのに人の波は多く、渋谷という場所も相俟って若者が大多数を占めている。そんな人の塊に埋もれつつ立ち止まる横断歩道の手前で他愛ない話に耳を傾け、飛び出た花見の単語に緩く思考を巡らせる。
「...お花見って、行ったこと無い」
折角の春なのだから風物詩を楽しまなければ勿体無い。かといって桜より人間観察で終わる様では面白味の欠片も無いのだから、場所は勿論時間帯も重要だ。それに、何より大切なのは誰と見るか、なのだから私は花見等した事は無い。
「なら夜桜ってのはどうだ?」
赤から青へと顔を換えた信号機を合図に、白と黒の縞模様を踏みながら「夜中なら人も少ねぇし」なんて人一倍気の利く彼は、毎年誰かと花見に興じていたのだろうか。今年の何度あるか分からない花見の一回が私と行くだけで、春の風物詩を満喫しているのかも知れない。
なんて、酷い器の小ささだ。
男は無粋な虚栄の元、決まって女の最初の恋人になりたがる。女は繊細な本能に従って、男の最後の愛人になりたがる。
そんな誰かの格言があるというのに、私は如何やら当て嵌らないところを見ると、実は男なのではないかとすら思うのだから不思議なものだ。だと言うのに、彼の最後が私であれば幸せだろうとも勿論思う辺り、私は酷く欲張りなのかも知れない。
だから、
「やだ、快斗とは行かない」
本当に可愛くない事を口走る。
ふと膨れた頬を覗き込みながら「何怒ってんだよ」なんて苦笑してみせる彼に、本当の理由なんて言える訳も無く「怒ってない」とぶっきら棒に返すだけ。一通りの年間行事なんかはきちんと前もって経験しておこう、だとか決心してみせて。
「はあ?.....つうか「オレとは」ってどういう意味だよ」
「言葉通りでしょ。快斗とは、お花見行かない」
不貞腐れた私と、不機嫌そうな快斗。雨が降っていて傘を差していて、軽い言い争いをしていた、なんて状況だったから。
微かに聞こえた声が此方に向けられていた、なんて思わず通り過ぎた。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月21日 3時