File.12-15 ページ27
「でも...」
だからこそ、改めて千影さんの偉大さを感じずにはいられない。
「でも、良かった...貴方が無事で、本当に.....」
我が子を盛大に張り倒した直後、涙ながらに抱き締める彼女は女王陛下というより一人の母親。というよりも、父親代わりの為に厳しく育てているに過ぎないだけであって、彼女は少年へ対して常に『女王陛下』ではなく『母親』だったのだろう。
「ハートのクイーン、ってやつね」
飲み切ったアリスのステムを持ってリムを弾けば、カクテルグラスが軽い硝子の音と共に一枚のトランプへ様変わりして見せる。そのカードの柄を反転させて隣の彼へHeartのQueenを見せつつ悪戯に笑みを称え、手を伸ばしながら「ああ、それも...」なんて勿体振った口調を覗かせる快斗へカードを渡す。
「とびっきりの『クリスタル･マザー』だぜ？」
手に取ったトランプを彼が弾いた瞬間、一枚のカードがトパーズの宝石へと姿を変えた。
感動に満ちた拍手が響くサロン車の中。互いのそんな遣り取りは、親子に気を取られた人々の目には映らない。
快斗がセームでトパーズを拭き上げて軽く手首を振れば、身綺麗にした宝石が中空へと放られて車内の天井付近を踊って、音も無く静かに人々の頭上を泳いでいく。
その母なる輝きは美しい放物線を描いて、
「...！？」
盛大な音を立てながら、中森警部のロックグラスの中へと身を沈めた。
「け、警部！『クリスタル･マザー』が！」
「なにぃ！？」
和やかであたたかい感動の雰囲気は何処へやら、一気に舞い戻った喧騒と混乱の中、賑やかな警部達に怪しまれない様に視線を向けつつ小さく溜息を吐く。
「割れたらどうするの...」
「大丈夫だって、トパーズのモース硬度は8...ガラスより硬いんだからよ」
突然現れた宝石に騒がしくなる警察や黒服達、怪盗キッドの捜索よりも宝石が手元に戻った安堵感に包まれる親子を眺めながら楽観さを貫く彼に再びの溜息を漏らしながら「トパーズじゃなくてグラスが、に決まってるでしょ」と零して座席に座り直す。ガラスのモース硬度は5であり、8なんて硬さを持つ石が落ちてくれば勿論負けるのだから心配はロックグラスの方。
近くに子どもがいるのだから、割れたら大変だろうに。
「まあ...そんな事より、行きたいところ決めようよ」
「折角だし美味いもん食いに行こうぜ」
大阪到着まで、後数分。
一先ず今日はホテルへ直行になりそうだけど。
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作者名：雪兎。 | 作成日時：2024年2月21日 3時
