File.12-12 ページ24
彼が頼んだサラトガ・クーラーを持ち上げてみて。
「ねえ、これなんてどう?」
グラスを満たす氷を揺らせば、涼やかな音が鳴る。
職務中の中森警部へ酒を勧め、自分は隣で微笑みながら酌をするだけ。王子の乱入を除けば此約二時間半の彼女の過ごし方と言えば、目立ったものは無い。
若し、其処に座ってグラスに酒を作る事に意味があるのなら。
「...そうか、なるほどな」
持ち上げたグラスを手に取りながら緩く口端を持ち上げた快斗は、もう一度グラスの氷を揺らしてから半分程の琥珀色を口にして、残った其を此方へ差し出しながら立ち上がる。
「...、.....飲んでて良い?」
彼の仕事を横取りする気も、横槍を入れる心算も無い。
渡されたグラスを受け取って見上げた先の快斗へ訊ねたのも、座っておく、という意思表示に他ならない。勿論、彼も分かっているようで柔らかい笑みと共にふわふわと頭を撫でられる。そんな手を受けながらグラスを傾けて、爽やかな味わいの琥珀色に口を付けた。
ひらりと一度手を振ってサロン車を出て行く背中を見送って、席に深く座り直す。
時計上、大阪に到着するまで後十分程度。
ふありと欠伸を落としながら、窓の向こうに広がる暗闇に目を向けると同時に、
「て、停電だ!」
「きゃあぁぁあ!」
「おのれキッドめ!遂に現れおったな!」
車内も暗闇に支配され、叫声と息巻いた声と慌てた声が入り乱れる。
漆黒の中グラスを手に取り、ピンク色のアリスを一口。直ぐに点灯した明かりを気にもせずスマートフォンを取り出す。そういえば忘れていたが、あの後元高校生の少年はどうなったのだろうと、彼へメールを送っておく。
「け、警部!貴方のグラスは!?」
「グラス?ワシのグラスならそこに...」
彼の悪いところは、報告と連絡が疎か過ぎるところだ。
「ど、どれが貴方のグラスですの!?」
「...さ、さあ...?」
「皆の者!手分けして捜すのです!」
あれだけ迷惑を掛けておいて結末のひとつも寄越さないとは非常識甚だしいが、昔から然うだと諦めて此方から訊ねる他無い。
「あ、あった...『クリスタル・マザー』は無事ですわ!」
他人は変えられないのだから、自分が妥協して変わるしか無いのだ。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月21日 3時