File.12-11 ページ23
「ねえ、千影さんも怖かった？」
漸く席に落ち着いた、と思ったが相変わらず隣に座った儘なのはもう変えられないらしく、取り敢えず諦める。
息子を放り出して自分の席へ戻り中森警部と談笑を再開させた女王陛下を振り返りながら、そういえば彼の母親も女手一つで彼を育てたんだったと訊ねてみる。しかし、メニューを眺めていた彼は「は？」なんて声を上げて、
「あの母さんに、親父代わりが務まる訳ねぇだろ」
と、まあ予想通りの返事。
再びメニューへ目を落としつつ「ずっとあのまんまだったぜ」と添えてくる彼は、僅かな呆れ顔の中に複雑そうな表情を滲ませて。
ずっと、あのまま。その言葉が意味するのは、悲しんだり泣いたりしている場面を見た事がない、という意味なのかも知れない。しかし、だ。あの千影さんの事だから「盗一さんは私の中で生きてるわ！」なんて言い出しても不思議では無い。
意外と、誰より受け入れが良い可能性すらある。
「やっぱり女手一つで男の子育てる、なんて大変なんだろうなぁ...」
特に未来の国王、ともなれば余計に。
まあ、親も子も一人だろうが二人だろうが、捩れる時には捩れるのだからどれが正しいのか等無いのだろうけど。
「つっても、ガキの方に伝わってなきゃ拗れるだけだろうぜ」
メニュー表を片手にサロン席の従業員へ軽く手を上げながら他人事に呟き、気付いて寄ってきた店員へ「サラトガ･クーラー1つ」と笑顔を見せる快斗の隣から店員へ顔を出して、
「私、アリス」
なんて注文を出す。
豪華列車なだけあってマニュアルの様に美しい笑顔で「かしこまりました」と頭を下げていく店員を見送り、隣で半眼を寄越してくる彼へ満面の笑みを返しておく。
「なーに？」
「いーや、べつにー？」
不思議な遣り取りを交えつつ、背後の女王陛下周辺を見遣る。
ヨーロッパ最大のトパーズ『クリスタル･マザー』。トパーズの多くは黄色から茶色系統を示すが、実の所色彩は多岐に亘る。今回キッドが狙うビッグジュエルは、クリスタルの名の通り無色透明のトパーズであり、サイズは勿論片手には収まらない。
そんな宝石を隠すなら、何処が最適か。
「お待たせ致しました」
先程の店員が、運んできたコリンズグラスとカクテルグラスをテーブルに置く。ジンジャエールを基調とした琥珀色と、薄いピンク色が可愛らしい其等に視線を移して。
宝石の様に濁りの無い、透明の氷が目に入った。
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作者名：雪兎。 | 作成日時：2024年2月21日 3時
