File.12-8 ページ20
屹度、それなりの音がしたと思う。
自分の耳にもダンッなんて音が聞こえて、一拍置いて額に鈍痛が走った。直ぐ隣で「うおっ！？」なんて声が聞こえて来たが、今は彼に構っている場合では無い。
「だ、大丈夫か...？」
「.....いたい、おでこ割れた...」
一瞬にして咲いた紅を両手で覆って、テーブルに顔を埋めた拍子に額を強打しに行ったが、きちんと痛い辺り夢でも幻覚でも無いらしく、それどころか想定より痛い。これがフルフェイスの変装なら型崩れしているところだが、ウィッグがずれていないなら問題無い。
ゆっくり顔を上げて、額は扨置き頬を擦る。
息を吐き出しながら頬を回していれば、不意に前髪へ手が伸びて、毛先を揺らしながら掻き上げられていく。
「赤く...は、なってねえな」
「誰かさんが変な事するから、また寿命が削られた...」
漸く痛みも引いた額を撫でていた彼の薄吻が其処に触れ、ウィッグ越しにふわふわと頭を撫でられる。数は少ないとは言え、サロン車に集っている乗客からは異様な目を向けられている事だろう。
女王陛下や中森警部を背にした座席で良かった、と何故だか安心してしまうのだから、仕事中だと言うのに気の抜けた話だ。
「お姉さん、大丈夫ー？」
人間の興味とは一瞬で、突然の音に気を向けた人々も既に自分達の時間へ戻っている頃。何の前触れもなく響いた甲高く幼い声に、主を探して視線を向けた先。
「なんだお前...？」
薄い金髪に鮮やかな水色の瞳を持った、つい先日見た元高校生より僅かに幼そうな少年が席の直ぐ隣に立っている。明らかに日本人では無い少年、とくれば大体検討は付くだろうに、突然現れた彼へ快斗は純粋な疑問符を投げ掛けている。
「ありがとうございます、大丈夫ですよ...王子様」
快斗の奥から顔を出して返せば「良かったー！」なんて無邪気な声が響くが、隣の彼が「お、王子様ー！？」と叫ぶ所為で二人の声が重なって再び人目を引く。
「うん！フィリップ･マクシミリ･アン･ド･イングラム！」
一気に賑やかになるサロンスペースだが、一国の王子様が直接警護も付けず歩き回れるとは、本当に日本は平和だ。
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作者名：雪兎。 | 作成日時：2024年2月21日 3時
