File.8-9 ページ9
淹れてもらったカフェオレをキッチンで立ち飲みしながら、音も無く侵入してきた彼を見上げる。
地下なら兎も角、1階では気付けなくても仕方無い、か如何かは別にして考え事をしていたのだから止むを得ない。そしてそもそも考え事をしなければならなかったのは彼の所為だと思うと、怪我位はさせてしまっても許される気もする。
「何でそうなるんだよ」
「だって...彼奴らの事もパンドラの事も話さなかったから、私の事怒ってるんだと思ってた」
マグカップのカフェオレを傾けながら怪訝そうな顔を見せる快斗に、今さっきまで考えていた事を簡潔に纏めてみる。然し相変わらず訝しげな表情を晒しながら「はあ?」と二度目の声が帰ってくるばかり。
「んな事で怒るかよ。つうか、そんな御伽噺聞かされても半信半疑だったろうからな。いかにも悪代官くせぇ大の大人から聞けて良かったぜ」
「...まあ、それはそうかも知れないけど」
半分程にまで減ったマグカップの中身をくるくる回しつつ「でも、さっき怒ってた」なんて呟いてみる。不貞腐れた様な不機嫌さを隠しもしないあの態度が怒っていないのだとすれば、何という感情に当て嵌るのか、なんて私には分からない。
「あー...」
「だから来ないと思ってたのに」
シンクへ置いたマグカップから手を離したのを見計らった様に、オーブンが終了を報せて鳴き始める。開いた扉から溢れる熱気に乗って漂う香りに、夜中だと言うのにキッシュは遣り過ぎたかと一瞬過ぎるが、不健康な食生活より空腹の方が幾分勝る。
「いや、あれは...その、怒ってた訳じゃ無くて、なんつうか.....」
背後で何やら言い難さだけを感じさせる物言いを見せる快斗を振り返ってみるが、視線は明後日の方向を彷徨うばかりで、一向に彼の真意は伝わっては来ない。
然し、だ。いつまでも追求する心算は無いし、怒っている訳でも謝罪を求められている訳でも無い上に、言いたくないのなら別に良い。
「まあ、怒ってないなら良いの。気にしないで」
天板を取り出しながら「食べるでしょ?」と訊ねれば思案する暇も無く肯定を返す彼に、相変わらず素直で無邪気な子どもみたいだなんて思いつつ、キッシュの粗熱が取れる迄にとアイスを取り出す。
「どっちが良い?」
「折角だし半分ずつ分けようぜ」
そんな素敵な彼が不貞腐れていた理由が、抱えられて恥ずかしかっただけ、なんて些細過ぎるものだったとは。
屹度、知らない儘。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月11日 1時