File.8-8 ページ8
「ボレー彗星近づく時、命の石を満月に捧げよ。さすれば涙を流さん」
「...っ!」
型に敷いたパイシートにフォークで穴を開けていた時、突然隣から聞こえた声に、肩が跳ねるどころか反射的にフォークを逆手に持ち直して、間近の気配に向かって振り被っていた。が、吃驚したのはお互い様らしく、両眼を見開きながらフォークを握った手を掴んでいた快斗は「あ、っぶねぇ...」なんて零している。
「...びっ、くりした.....」
止められた右手に、次にと包丁へ伸ばしていた左手を戻していれば「びっくりしたのはこっちだっつうの!」と侵入者が騒ぎ出すが、そんな事は如何でも良い。
「来るなら連絡くらいしてよ、間違って殺しちゃうとこだった」
「せめて殺す前にはオレだって気付けよ...」
離された右手のフォークをシンクへ片付けて「青子ちゃんのところに行ったんじゃないの?」と訊ねながら、卵液とフィリングを混ぜたものを型に流し込む。更に上からもチーズを乗せて、予熱を済ませておいたオーブンに放り込み、取り敢えず200℃で25分くらいで加熱しておく。
「こんな時間に家行く奴なんか居ねぇよ」
然も当たり前だと言うように返しながら余ったチーズを摘み食いする彼に、ふぅん、なんて言って。じゃあ何で私の家に来たんだお前、という言葉を飲み込む。最早此処は彼の家なのかも知れない、と思う程入り浸られているのだから仕方ない。
「とびっきりの夜景と花火プレゼントして来たから大丈夫じゃねえか?喜んでそうだったし良いだろ」
「へえ...私の誕生日は祝ってくれないのにねぇ」
嫌味っぽく言ったのは、多分わざと。
オーブンを待っている間に済ませようと思った洗いものは、隣の彼の手によって既に終えられていて、水切ラックに綺麗に並べられている。
「何回聞いてもオメー教えねぇじゃねえか」
「だから快斗と同じようなものだって言ってるじゃん」
全く6月では無いけど。
手早く湯を沸かしてマグカップを用意し始める彼へ悪戯に笑いながら、カップへ入れられるカフェオレの粉末を眺める。そう言えば吃驚し過ぎてすっかり忘れていたが、
「そうだ。快斗、怒ってるんじゃないの?」
「.....はあ?」
彼に嫌われた原因考察をしていたのを忘れていた。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月11日 1時